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2011.09.11

9.11より10年

長らく新規更新をサボっていましたが、9.11より10年ということで
一言書いてみることにしました。

特に日本では9.11より10年よりも、3.11より半年のことの方が
強調されています。
3.11はまだ現在進行形の問題であるし、自分の国のことですから
無理もないところがありますが、しかし、9.11から10年も日本に
とっても忘れてはならない10年ではないかと思います。

私の場合でも9.11から人生が変わったということで大きな意味が
あります。
以下、ややこじつけながら、個人史を振り返ってみると、

1963年10月生まれ (ケネディ大統領暗殺から1ヶ月後)

1979年 ソ連によるアフガニスタン侵攻で国際問題への関心を持った。
     (確か、この時は中学生)

1982年 大学受験の日に日航機羽田沖、墜落事件
1985年 就職活動中に日航機、御巣鷹山に墜落
1986年 東芝に就職 新入社員研修中の4月26日にチェルノブイリ原発事故
      その後、80年代の反原発運動に一時は参加するものの、
      運動に幻滅して離れる。

1991年1月 会社の英語研修中に湾岸戦争開始。スピーチの材料にした。
1992年1月 米国コロラド州ボウルダーに滞在中に湾岸戦争1周年。
        英語研修中に大統領予備選の影響を受ける
       (同年に民主党政権誕生=クリントン政権)
        ちなみに当時からコロラド州の元核軍事施設のロッキーフラッツに
        よる放射能汚染の問題は現地で問題になっていた。

2001年9月11日 9.11事件
        アフガニスタンで活動するNGOの話を聞きに行ったり、
        アフガニスタン反戦運動に参加。
        しかし10月8日にアフガニスタン攻撃が始まった。
        そして、日本でアフガニスタン難民申請者に会う
2002年1月 日本でのアフガニスタン復興会議の当日に
        難民支援もせよと品川駅前で街頭アピール

2002年5月 パキスタン、アフガニスタン訪問

2003年1月末 東芝を退職
2003年2月~5月 米国サンフランシスコ滞在
           難民支援のNGOでインターンをしつつ
           イラク反戦運動にも参加
        4月 ニューヨーク WTC跡を訪問

2003年7月 JVCに参加。イラク駐在

以上、思い返せば結構ヒコーキ関係と原発関係にも縁があったりします。

しかし、考えてみれば、9.11とイラクは無関係なので、そもそも
9.11だからと言ってイラクについて書くのは自己矛盾なので、止めます。

アフガニスタンにしても、タリバーン政権がアル・カーイダを庇ったとしても
それを理由に武力攻撃を受けるいわれはないと思います。

つくづくアメリカは無理をしたものだと思うけれども、当時はそれを無理だと
考える余裕は当のアメリカには無かったし、日本をはじめとして各国には
止める力もなかったということでしょうか。
そう一通り評論してしまえば聞こえは良いのですが、、本当に私たちに
止める術は無かったのだろうか。イラク戦争にしても同様で、残念で
仕方がありません。

9.11後を生きて、そして、幸いにも3.11後も生きている私としては
生かされていることに応える義務があると思っています。
しかし、日常の中に埋没してしまうと、私は結構怠惰な者だ。
日本の中で果たす役割は何か、答えを見つけ出すことが出来ず過ごした
10年であったかも知れません。

 


     

    

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