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2009.08.21

再会その2

きようはアンマンでバグダッドからのゲストを迎えた。

早朝にバグダッドを出て延々12時間以上かけて陸路をやって来た。

2004年の4月以来で、実に5年と4ヶ月ぶりの再会である。

誰かと言うと、2003年のイラク戦争の際に米軍による空爆で足を負傷し、

この年の8月に日本からの支援金のおかげで一度アンマンで手術を受けて

いるムスタファ君(当時9歳)である。

今回は再手術の可能性も含めて診断のための来訪だ。

日本式に言えば当時小学4年生だった少年も今や中学を卒業する歳で、

身長も大げさに言えば当時の2倍くらいに見えるほどすっかり大きくなった。

きょうのところは感無量でこれ以上書けない。

(ちなみに再会その1は8月9日-11日に北イラク、クルド地区のアルビルを

 訪問した際にバグダッドからわざわざ駆けつけてくれたオヤジである。

 彼の場合も4年ぶりの再会であった。しかし、私の記憶の中のイラクは

 バグダッドであり、今のクルド地区はバグダッドとはかなりかけ離れた

 様相を呈して投資が進み発展途上にあるだけに、オヤジとの再会には

 感激したものの、イラクに居るという実感が無かった。)

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昨日のバグダッドでの爆破事件について

19日のバグダッドでの連続爆破事件はついに犠牲者101名、負傷者500名を

超えた。イラクでは今年最大級の惨事と言って良い。

イラクの現地TV局などは画面左上隅に喪章として黒い線を表示しながら

放送をしている。このような画面を見慣れてしまうのも困ったことだ。

【写真:事件を報道する20日付けAzzaman紙の一面】

さて、昨日は自分はこの事件の犯人像を占う器ではないと記したものの、

一応備忘録代わりに記しておく。

この事件の背景としては、アメリカ軍による2007年以来の治安作戦の

「成功」(あくまでもカッコ付き)と、オバマ大統領主導による米軍の

撤退計画について、米国政府筋の説明を額面通り信用できないという

ことではないかと思う。

ある解説者は、イラク現地の治安状況を見た上での撤退計画ではなく、

ブッシュ前政権との違いを強調し、公約に掲げたイラクからの早期

撤退を急ごうとするオバマ政権の政治判断が事を急ぎ過ぎた結果だと

している。

(この説明に対しても、米国のイラクでの覇権を維持したい名目だろう

 との批判も成り立つことは承知しつつ、しかし現地の状況を見た場合、

 先に期限ありきの撤退では事が簡単に行かない事も事実と考えます。)

今回の連続爆破事件については、6月30日に米軍が市街地から「撤退」

(カッコ付きのことばをいちいち使わなければいけないのがややこしくて

すみません)の後に、イラクの治安部隊(イラク軍とイラク警察)による

治安維持がうまく行っていないことを見せつけるために行われた攻撃で

あると解釈できる。

想定される犯人像としては、

1)いわゆるアルカイダ系と呼ばれる武装組織の者たち(※)

2)マリキ首相の権力強化に対抗して、マリキ政権による治安維持能力に

  疑問符をつけたいシーア派の対抗勢力

3)スンニ派のイラクレジスタンスもしくは、スンニ派の自警団(覚醒委員会)の

  一部でシーア派主体の現政権に不満を持つ者

 (しかし、これほどの大規模な攻撃を統制を持って実行する能力があるとは

  思われない)

4)やっぱり治安維持には米軍の駐留が必要だと思わせたい米軍の自作自演

 (陰謀論好きで米国が大嫌いなイラク人に一番ウケる説ですが信憑性は?)

※事件後いち早くイラク政府筋は同様の爆破事件を未然に防ぎ、実行犯として

2名のアルカイダ系のメンバーを逮捕したと発表しているのだが、どこまで

これが信用できるのかは不明である。

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2009.08.19

8月19日:2003年と2009年

きょう、バグダッド中心部で政府機関の建物を狙った6発の爆発事件

(自動車爆弾と迫撃砲によるものと思われる)が起き、現時点

(現地時間19日23時台)で死者95名、負傷者600名以上とも伝えられている。

同じく8月19日と言えば、6年前にはバグダッドの国連事務所が

自動車爆弾による攻撃を受け、22名が亡くなる事件が起きている。

たまたま同じ日だっただけで、6年前と今の事件に関連はないのだが、

6年経ってもなお、この様に高度に組織化された攻撃に見舞われている

バグダッドの状況に大きな不安を覚える。

ジャーナリストでない私はきょうの事件の犯人捜しの分析をする器では

ないが、6月30日に米軍が市街地から撤退して以後、最大級のこの攻撃には、

現イラク政府の治安維持能力に対する挑戦の意味が込められていることは

確かかと思う。

来年1月に予定されている国民議会選挙を前に、現政権に対する対抗勢力が

マリキ首相の指揮下にある現イラク政府の治安部隊が治安を維持する能力が

ないことを見せつける意図で起こした事件だと、とある解説者はTVで説明

している。

何より悲しいのは、事件の犠牲者が運び込まれた病院が手一杯で、これ以上

病人の受付ができないと悲鳴を上げているというニュースが伝えられている

ことだ。

イラクではまだまだ不十分ながら病院の能力を上げることはできる。

しかし、もっと必要なのはこれ以上、爆破事件の犠牲になり担ぎ込まれる

人々が出ないようにすることだ。それは私たちのような第三者が外から

見ているだけでは実現できない。

本当の意味での国民融和を実現して、暴力に訴える者どもの立ち入る隙を

無くさなければならないのだが、そのような政治的な意志がいつになったら

現実になるのか...

【6年前のバグダッドも暑かったけれど、6年後のアンマンも暑いです。

 その灼熱の中で、バグダッドの人々に直接の手が届かないもどかしさを

 感じつつ。】

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