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2008.08.09

88年8月8日は?

8月7日(木)

イラク議会は10月1日に予定していた地方議会選挙の
手続きを決める法案の審議で揉めた挙句、7日からの
イラク議会の夏季休会を前にしてのぎりぎりの交渉も
物別れに終わった。

論点の中心はキルクークの所属を巡りクルド民族と
アラブ民族、少数派のトルコメン民族の間の争いで、
キルクーク市議会の議席数の割り当てが問題となった。

国連が提示した最終妥協案ではキルクーク市を含む
タミーム県の選挙に関する取り扱いを別法案にして、
残る17県の議会選挙を先行させる案が提示され、
これをクルド側は支持したが、この案に対して
少数民族のトルコメンが、国連はクルド寄りだとして
妥協に応じず、交渉は物別れに終わった。

議論はイラク議会の夏休み明けの9月9日まで持ち越し
になったが、これで当初の10月1日の議会選実施は
不可能になった。

...と言うのが大方の報道だが、実際のところ、選挙法が
成立してから実際に選挙が実施できるまでには、手続き上
最低でも3か月以上の期間が必要なので、今回の審議繰越し
の結果、10月実施はおろか年内の実施も危なくなったという
のが本当のところである。

しかし、米国のブッシュ政権も、イラクの地方選挙の年内実施が
イラクの国民融和の進展の一里塚だと見ている立場のため、
大統領選挙の行われる前の今の時点で、年内の選挙実施が
ほぼ不可能になったことを明確に認めたくはないので、
イラク地方議会選の日取りについては言葉を濁している。


8月8日(金)

世間では北京オリンピックの開催式の報道が賑やかだが、
南オセチアを巡るグルジアとロシアの衝突が気になる。

さて、イラクにとっての8月8日はイラン・イラク戦争の戦勝記念日
ということになっている。
1988年8月8日に国連事務総長との取り決めによりイラン、イラク
両国の間で8月20日の停戦協議が発効したことが根拠になっている。

知人のイラク人の話によると、当時、8月に生まれた子供の家庭
には記念の品物が配られたのだという。

しかし、1990年8月8日はイラクがクウエート併合を宣言した日でも
ある。
恐らくはわざとイランとの戦争の戦勝記念日を選んで宣言したの
だろうが、その後歴史を考えると皮肉なことだ。


ちなみに1988年8月8日はビルマの8888民主化運動の日でもある。
歴史をひも解いてみると、離れた国の間で同時期に起きていた
出来事が不思議に見える。

日本にとっては8月6日と8月9日は忘れられないところ。
しかし、悲劇で記憶される日付はこれ以上欲しくない。

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