« 2008年3月 | トップページ | 2008年5月 »

2008.04.11

サダム・フセイン政権崩壊から5年とその後(2)

4月8-9日は米国議会、上院軍事委員会でイラク情勢に関する
公聴会が開かれ、ペトレアス多国籍軍司令官(米陸軍大将)と
クロッカー駐イラク米国大使が証言を行った。

これらは直近のところでイラクの今後を占う上で重要な情報だ。

この議会証言に関する報道では、もっぱらペトレアス司令官の
証言に焦点が当てられているように思う。
今年7月までのイラク駐留米軍3万人の削減(2007年の新治安
作戦による3万人増派分の削減)の後、14万人規模を当分維持
して、更なる削減についてはその後45日間の間に見直しをする
というのがその内容である。

しかし、私は8日の議会証言の模様を生中継で見ながら、
クロッカー大使の証言が気になった。
曰く、
(1)イラク政府は石油収入による財政能力が十分にあり、数十億
  ドルの支出を自国の復興に役立てることができるはずであること
(2)米国を中心とする多国籍軍の駐留根拠は現在は国連憲章7項
  に基づくイラクに対する懲罰的対応の延長線上にあり、これが
  08年末に切れた後の対応として、米国とイラクの二国間協定を
  準備していること
などである。(以上、私の聞き取り間違いがあればご容赦のほどを)

特に(2)などは、現在の日米安保条約や在日米軍の地位協定などを
念頭に置くとその類似性が気になるところである。
この分野についての私の知識が十分でないので、この場でこれ以上
深入りすることは避けるが、覚え書きとして触れておきたかった。

なお、このような議会証言が行われているその間にも、
バグダードのシーア派地域であるサドルシティへの攻撃の
手は緩められていない。このことも忘れられてはならない。

p.s. 蛇足ながら、米国の議会証言はインターネット経由で
   アルジャジーラ英語版での生中継を見ました。
   このような手間をかけなくても日本でもっと簡単に視聴できない
   ものかとつくづく思います。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008.04.10

サダム・フセイン政権崩壊から5年とその後(1)

2003年4月9日(その日)

不思議なことに、私にはこの日の記憶がない。
当時、アメリカ滞在中で、イラク戦争開戦時の3月19日(米国現地時間)
のことははっきり記憶しているのだが。
また、5月1日(米国現地時間)にブッシュ大統領が主要な戦闘の終結宣言を
行ったことも記憶している。
この間に4月にニューヨークに行き、911の現場を訪れたことも憶えているの
だが、なぜか4月9日の記憶は飛んでしまっている。

2004年4月9日(1年後)

この日のバグダッド、サダム・フセインの銅像のあった広場に向かう道路は
鉄条網で封鎖され、戦車と消防車が配備されていた。
April092004

近所の道路には米軍の戦車の走行の跡がくっきりと残されていた。
歩道を乗り越え、破壊をものともしない傍若無人さは、まさに米国の
対イラク政策とその後の帰趨を暗示していたように思えなくもない。

Wadachi


2008年3月9日(5年後の現在)

あれから5年。
アル・ジャジーラなどの報道ぶりを見ていると、3月20日よりもこの4月9日の方が
どうも報道が賑やかである。
欧米のメディアがサダム・フセイン政権崩壊の「戦果」を誇りたいということで
あれば理由は分かりやすいのであるが、どうもそれとは異なる雰囲気である。

さて、アル・ジャジーラ英語版などの報道ぶりを見ると、5年経ったものの
出口が見えないイラク戦争の行く末を案じている。開戦責任を問うことはもちろん、
以後の占領政策の失敗、さらにもっと近いところでは昨年(07年)以来の
米軍増派とシーア派のサドル派の停戦宣言を受けて、一時的に見られた
治安の改善が、かりそめの安定ではないかとする見方...

今年の4月9日のバグダッドは不気味な静けさのもとにあったと聞く。
直前になって占領に反対する大規模デモはサドル師の号令で撤回され、
バグダッドは車両通行禁止のもとにあった。
厳重警戒のもとにかろうじて保たれる平和とは何なのか?

この日、バグダッドの代わりにファルージャではスンニ派の人々が
占領軍の早期撤退を求めるデモ行進を行ったと聞く。

200x年3月9日(そして今後)

イラクの人々にとっては現在を生きることが精一杯で、先の
ことは見えないというのが本音であろうかと思う。
むしろ私たち国際社会がイラクの今後にどう向き合うのかが
問われていないだろうか?
(この項続く)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.04.07

今、そこにある危機

3月25日のバスラ攻撃以来のイラク南部とバグダードでの
危機的な状況について、これまでも現地報告を紹介して来ましたが、
バスラの危機的状況への対応として、JIM-NET(日本イラク医療支援
ネットワーク)で緊急支援を開始します。

JIM-NETのHPに掲載している説明文を以下に引用します。

イラク・バスラ危機 JIM-NETは緊急支援を開始します

  イラク南部の都市バスラで、3月25日から始ったイラク政府軍
による軍事行動のために、一般市民にも犠牲者が出ており、
多くの市民が危機的状況に陥っています。
  今回の軍事行動は、突然始り、すぐに外出禁止令が敷かれた
ため、十分な水と食糧の備蓄を持たない多くの市民は、現在も
家の中で息を潜めながら飢えと渇きと恐怖の日々を送っていま
す。
  JIM-NETは、バスラ産科小児科病院のガンの子ども達の医療
支援を行っていますが、攻撃が始まると、子どもたちは、病院に
閉じ込められたまま、あるいは、医師達は病院にアクセスでき
ないまま、一週間が過ぎてしまいました。治療の中断を余儀なく
されている患者も相当数いるものと思われます。
  JIM-NETでは、この緊急の事態に対応すべく、一両日中に
支援体制を整え、支援物資の供給を開始します。今回の緊急
支援活動への皆様のご理解とご協力をよろしくお願いいたし
ます。

支援内容

■ 第1次緊急支援 (一般と病院への支援)
  ① バスラ地域の貧困地区への食料などの配布
  ② 病院へ医薬品などを届ける

■ 第2次支援
  (がんの子ども達が一日も早く治療が受けられるための支援)
  ① 薬の支援
  ② 病院へ戻ってこれるように移動手段を確保する。
  ③ ガンの患者を中心とした食糧支援


■募金先
郵便振替口座: 00540-2-94945   
     口座名:日本イラク医療ネット
     ※ 通信欄に「バスラ支援」と明記してください。 

これら支援によって一日でも早く、通常の状態に戻し、特に
ガンの子ども達が治療を継続できるようにします。
医薬品や、食料の支援は、クウェートあるいは、イラク国内
での調達になります。
詳細は、HPをご覧ください。

■ 連絡先
JIM-NET事務局 :
〒390-0303 長野県松本市浅間温泉2-12-12
電話:0263-46-4218 FAX:0263-46-6229 
eメール:info-jim★jim-net.net (★を@に変えて送信してください。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.04.04

【NGOが問う】中東緊迫 憎悪と報復の連鎖を断つには

報告が遅くなりましたが、3月20日開催のJVC主催の
シンポジウム『イラク戦争から5年~今、中東の現場では~』
には、雨天の中にも関わらず多数の方々にご来場いただき
まして、ありがとうございました。

私は主催者側の関係者ではありましたが、いち参加者としても
各パネリストの発表と討論を興味深く聞かせていただきました。

当日の模様は
【NGOが問う】中東緊迫 憎悪と報復の連鎖を断つには
というタイトルをつけてインターネット新聞JANJANに掲載されて
いますので、ご覧ください。

私自身は「憎悪と報復の連鎖」というコトバは事態のいち面を
表現してはいるものの、数ある紋切り型のコトバのひとつとして
消費されて終わりはしないかという危惧を抱いていますけれども。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年3月 | トップページ | 2008年5月 »