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2008.01.28

まだまだ続く催しへの参加

1月27日(日)

連日シンポジウムやら報告会やらに参加する日々が続く。
たまたまなのだが、興味ある催しが続いているので。

今日はこれである。

「封鎖されたガザから緊急来日
  アトファルナろう学校 ジェリー・シャワ校長来日報告会 」

パレスチナのガザ地区封鎖とイスラエルによる空爆はまさに
「今そこにある危機」でありながら、しかし国際情勢の皮肉か、
支援が届き難い分野の出来事となってしまっている。

しか中東和平を唱えて米国のブッシュ大統領がパレスチナを
はじめとしてアラブ諸国を歴訪していたのはつい先日の
ことである。私がまだヨルダンにいた間のことではあるが。

なので、この現在のガザ地区の人道的危機に際して、
当のガザの人々の失望は深いと聞く。
(そもそも任期が切れを前にした米国大統領の中東詣で
には最初から期待していないという声もあるが。)

報告会ではそのようなジャーナリスティックかつ政治的な
興味関心を持って足を運んだのだが、良い意味でそれは
裏切られた。

もちろん現在の状況が厳しいことは語られたが、私たち
外部の人間のいわば下世話な政治的な関心をよそに、
着実に子供たちのための学校を営んでいる、たくましい
女性の姿がそこにあった。

また、ろう学校という専門性を共通のつながりとして、
日本のろう学校の関係者も多数会場に足を運んで来られて
いた上、またそのような人々が日本のNGOを通して支えて
いることによって現地の活動が成り立っていることを知った。

日本のNGOの報告会なので、支援者には成功例を見せ、
引き続き、そしてより多くの支援を求める場になることは
言わば「お約束」とも言える。
しかしそんな皮相的な見方では恥ずかしいと思うほど、
現地の校長先生は自信に満ちていた。

ある意味、意地悪な政治的な質問も会場から飛んだが、
「イスラエルをどう思うか」との質問への回答が実に
印象的で、「もちろんイスラエルの人々は愛しています。」
の「もちろん」に力を込めた語りぶりに圧倒された。

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2008.01.27

シンポジウム「平和の新時代へ向けて」(二日目)

1月26日(土)

東京外国語大学「平和構築・紛争予防講座」主催の国際シンポジウムの
2日目。
2番目のセッションは「紛争を生み出す原因と、紛争後の諸問題」
である。

外務省シンポジウムから数えれば3日目ともなると、さすがに頭が
疲れて来て、なおかつ英語の議論を通訳を通さずに聞いていたので、
理解するのが難しい。
しかし冒頭のノースカロライナ大学のアンソニー・オバーシェル先生
の講演は刺激的だった。 
冷戦後の現在の「新しい戦争」は国家間の戦争ではなく、国家と国家で
ない者(テロリストやゲリラ等)の間での武力闘争がますます主流に
なって来る。
これを発表者は「逸脱戦争」と呼ぶ。
逸脱戦争による紛争を収めるには、これまでの国家間戦争を前提とした
枠組みの中で議論されて来た国際人道法による非戦闘員の保護などの概念
も場合によっては見直しを余儀なくされるという問題提起が物議を醸す
中心点だ。
しかし論者はなし崩しにこれらの概念を見直せと言うのではなく、
現実が概念の見直しを求めてくるので、これに対処する方針を考えた
方が良いとする問題提起であると私は受け取った。

この問題も、イラクの現状を頭に置いて考えるとより現実的な問題提起と
なって来る。

このセッションの司会者が東京外国語大学でイラクを専門に研究されている
酒井啓子先生というのもまた巡り合わせの妙である。
酒井先生もご自身の関心になぞらえて、他の論者の論点を整理する名司会者
ぶりを発揮しておられた。

この日の議論の中でさらに問題提起されたのは、学者や研究者(Scholar)と
より現場寄りの実務家(Practitioner)の間の問題に対する温度差や距離感の
違いである。

私もこの分類では今のところは実務家に相当する部類の人間であるが、
研究者の議論も問題を整理するうえでは参考になることが多いので、
距離があること自体は問題としない。しかし、距離があり過ぎて現実に
即さないことになったら問題であろう。

最終のセッションは“平和コミュニケーションの挑戦-真の平和の実現を
目指して“
「平和構築・紛争予防講座」主催者である東京外国語大学の伊勢崎賢治先生
の言葉を私なりに解釈し直すと、「平和は願っているだけでは実現できるとは
限らない。常に自分以外の他者への働きかけを必要とする。しかし自分の
自分の思っている平和が相手の思っている平和とは限らない。いや、むしろ
自分の思っていることは伝わらないものだと考えた方が良い。それでも
何とかして平和を実現するためにはコミュニケーションに長じる必要がある」
ということになる。
ここはまさに実務家の独壇場とも言える分野で、平和運動や広告の分野で
第一線の実践者がパネリストとして語った。
従来から研究者も、そして実務家の側からも接点が少なかった分野であると
思うので、非常に興味深く、またこの後の発展が楽しみな分野である。
しかし一方でコミュニケーションは容易にコマーシャリズムに飲み込まれは
しないかとの懸念も感じた。

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2008.01.26

シンポジウム「平和の新時代へ向けて」(一日目)

1月25日(金)

きょうはまた別のシンポジウムに参加した。
東京外国語大学の「平和構築・紛争予防講座」主催の国際シンポジウム
“平和の新時代へ向けて-平和構築・紛争予防の新たなるアプローチを探る-”
である。このシンポジウムは金曜-土曜の2日間に渡るものだ。

主催者が大学の研究室であり、また講演者・発表者が海外からのゲストも
含めてみな、学者・研究者であること、話題を紛争後の平和構築に限らず、
紛争の予防や紛争を目の前にして採り得る方策も含めた大きなビジョンの
元に展開させる点で、昨日の外務省主催のシンポジウムとは全く趣が異なっ
ていた。
一日目のきょうのセッションのテーマは「世界を揺るがす、新たな紛争」
である。まず、このテーマ設定自体が相当野心的である。
トップバッターを務めたブラッドフォード大学平和学部のクリストファー・
クシン先生の講演からして、狭義の武力紛争に限らず気候変動や資源をめぐる
争い等が世界的な脅威になるという壮大な発想から始まっていた。
ヨルダンでBBCやアル・ジャジーラ等を通じて、中東諸国やアフリカの
紛争に関する報道と平行してバングラデシュの水害など気候変動の結果と
思しき災害の模様を伝え聞いていた私としてはこのような発想の仕方は
腑に落ちるものだった。

(翌日に続く)

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2008.01.25

シンポジウム「平和を築(つく)る-日本と国連」

1月24日(木)

午前8時台の新幹線で仙台より東京に戻った。
小学生の一時期を過ごしたところなので、個人的に思い入れがあり、
第二のふるさとと呼びたいほどの愛着のある街、仙台だが、今回は
予定が詰まっているので仕方がない。
さて、その予定とは...

24日は朝10時から昼食をはさみ夕方まで、都内某ホテルを会場に
行われた外務省主催の公開シンポジウム「平和を築る-日本と国連」
に参加した。(*「築る」=「つくる」と読ませる。)

日本は現在、国連の平和構築委員会の議長国である。
平和構築委員会の国別の取り組みとして、アフリカのシエラレオネと
ブルンジでの実績を踏まえ、そして平和構築基金の支援対象国である
リベリアも含めた3カ国から大臣級のゲストを迎え、今後の平和構築
の取り組みに何が必要で、日本の貢献がいかにあるべきかという話が
主題。

この分野での専門家でもない私がコメントするのもどうかと思いつつ、
感想を述べると、まずは「平和構築」と呼ぶ場合のその平和の姿が
具体的に見えて来ないことに物足りなさを感じた。
この分野の専門家にとっては紛争後の平和とそれに引き続く経済発展
というシナリオは自明のものとされ、それをどのように実現してゆく
かという方法論が政策課題となっているように見受けられた。
しかしイラクで散々「紛争後」と「復興」のシナリオが破綻していること
を見ているので、疑い深い私としてはナイーブにそれを信じることができ
ない。
また、もうひとつ重要な問題は、では平和を構築するという主体は誰で
あるのかということである。私はこれはその国々の人々が主体であるべき
で、当事国政府よりもむしろ市民社会の役割に注目したいと思っている
のだが、これもこの日の議論では、もっぱら紛争後の平和維持と、その
国の人々を保護する責任の主体は当事国の政府であるとされ、また、
国際社会の枠組みの中でもやはり基本的に国家を主体として考えられて
いることが濃厚に感じられ、その点では期待外れであった。
まあ、基本的に外務省主催のシンポジウムで、国連の枠組みを前提として
いて、またゲストも支援対象国の政府関係者であるので、致し方のないこと
かもしれないが。
国際NGOから参加したパネリストが平和構築に関わる市民社会の役割に
ついて若干ながら触れていたのがわずかな救いだった。
最後に決定的に問題なのは、平和構築に関わる日本の役割である。
現在の国際社会における日本の位置づけ=自画像を正確に認識すること
なくして、日本が世界の平和構築に積極的に参画する意義付けを
見出すことはできないはず。
(単に国連平和構築委員会の議長国であるとか常任理事国入りを
狙うというレベルでなくて)
しかし、残念ながら、この日の議論では、正しい日本の自画像が描けて
いたのかどうか疑問に思った。自己評価で平和国家日本のイメージを
過大評価しても、国際社会は冷静に日本の姿を見ているはず。
対テロ戦争の文脈で唯一の超大国が覇権を狙う世界の現実を是として
これに異を唱えることない日本、憲法上の規定と相違して、世界有数の
軍事力を保持している日本が世界の平和の担い手としてふさわしいのか
どうか...

最後に高村外務大臣が“平和の創り手「日本」“と題して総括スピーチを
行ったが、その中身は国際貢献と称して自衛隊海外派遣の恒久法を作ろう
という決意表明といっても良い内容だった。
これだから余計に心配なのだ。国家が平和を旗印に普通の国を目指そうと
する場合にはろくなことにならない。

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2008.01.24

東京の雪、仙台の雪、そしてアンマンの雪

1月23日

講演会で仙台に来ている。
北に行けば雪が見られるものと楽しみにしていたら、何と出かける日の
23日の朝に東京で雪が降った。
新幹線で北上すると、北関東から東北地方に入ったところで予想に
反して雪が無くなって、むしろ東京よりも暖かいのではと感じるくらい。

講演会の日に降雪で聴衆が少なくなっても困るので、天気が良いのは
ありがたかったが、残念ながら平日の夕方で大学施設内ということで、
期待したほどには学生さんも集まらず残念。

私も20分-30分という短時間に話をまとめるという難題にチャレンジ。
自分の話はともかくとして、ダブルキャストの非暴力平和隊日本の
大畑さんのお話を伺う事ができたのが自分には収穫。

仙台は夜になってから雪がちらつく天気になった。
ちなみに何とヨルダンのアンマンは22日に雪が降ったそうな。
これで私の関係するところは今日はみんな雪で白銀の世界だ。
いよいよ冬も本番で、寒さが厳しい。


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2008.01.23

本当かな?とびっくり。イラクの国旗変更

New
(イラク新国旗のデザイン)

唐突な話なので季節外れのエイプリルフールかと
思ってしまったがイラク議会が国旗の変更の議案
を通過させ、この火曜日(22日)から新しい国旗を制定したのだという。
Aswat Al-Iraq = Voices of Iraqほかの報道)

何でもクルド勢力からの提案で、サダム政権時代のバース党の
名残りである三ツ星(それぞれ統合、自由、社会主義を表す)を
国旗から外したのだという。

A5
(こちらが今までの国旗デザイン)

これまでの国旗の変遷からすると、
最初の国旗は中央部が三ツ星だけで、
アラビア語のサイン(「神(アラー)は偉大なり」)はイラン・イラク戦争
後に国威発揚を狙ってサダム・フセインが1991年の湾岸戦争の
直前になって書き加えたものだと聞くので、サダム・フセインの残滓
を気にするのであれば、このことばの方を取り除くのかと思ったが、
さすがに神を称えることばを外すのは恐れ多いようだ。

さて、イラクのことはイラク人に聞いてみようというわけで、さっそく
バグダードの知人のこの件を聞いてみたが、彼をはじめとして
一般市民にとっても唐突なことで、感想を述べようにもまだ判断
できないとの答えが返って来た。

かつて2004年に当時のイラク統治評議会が国旗のデザイン変更を
試みて発表した新デザインは青の色使いがイスラエルの国旗を連想
させるとして散々な評価で、早々に取り下げられたが、今回の変更は
それよりはましなようだ。

しかし、今回の変更がどのような波紋を呼ぶのか、今しばらく見極める
必要がありそうだ。

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「世界の医療・保健を考える」セミナー第1回

1月22日(火)

世界銀行情報センター(PIC東京)とNGO「シェア=国際保健協力市民の会」が
共催の 連続セミナー「本田医師と世界の医療・保健を考える」に参加した。

第一回目の今回のテーマは「医療と人権」。

まず英国の有名な田舎医者のDr.Julian Tudor Hartのことばとして
「さかさま医療ケアの法則」が紹介された。
これは、「良い医療ケアは、そのサービスが提供されるグループの
医療ニーズが高いほど、反対に難しくなる傾向がある」というもの。
先進国の医療にしてからがこのような原則だということだが、
イラクの場合にもこの原則が当てはまりそうだとうなずく。

以下、医療と人権にまつわる歴史的宣言や条約、憲法などもひも解き
ながら、バイオエシックスにも触れながら医療倫理や障害者の当事者
主権に関わる問題まで広範な話になった。

本筋とは若干外れるかも知れないが、本田医師の話の中で、私にとって
興味深かったのは以下の点だった。

1.国際的な障害者の権利条約の制定と、日本の障害者自立支援法の
  成立が同時期(2006年)でありながら、その中身が180度
  異なることを紹介されたくだりで、

 「国際法の精神は憲法のようなもので、いったん条約を結んだ後には
  国内法の上位に位置する。国際法と国内法の間に乖離があった場合
  には、国内法を国際法の精神に合致するように正すべき」

  上記は必ずしも話されたことば通りではないが、概ねこのような話し
  であったかと思う。これには目を開かされた。

  と言うのは、普段から難民問題に関心を持ち、国籍いかんに関わらず
  人権は普遍性を持つと考えているものの、現実には日本の国内法の
  入管難民法が国際法の難民条約の精神を反映した形で運用されておらず、
  日本での難民保護に高い壁があることを痛感しているからだ。
  この経験から、国内法の方が国際法より上位にあることを現実として
  受け入れざるを得ないと思っていたのだが、必ずしもそう考えなくて
  良いことが示唆されて、目を開かされた。
  本田医師は医療の専門家であって法律の専門家ではない訳だが、それに
  してもこのことばには勇気づけられた。

2.「医療を市場経済に移させてはならない」とする指摘。
  市場経済は一番儲かるところに注力する。一番儲かるところをさて置いて
  一番必要なところ(たいていは儲からないところ)に移すことは市場経済
  の特性としてやらない。これが問題。

  イラクの医療サービスの望ましい姿を描く事が私の仕事になっていたが、
  これを考えるにつけてもこの指摘は耳に痛い。
  国による公の医療保健サービスに期待しても早々に回復の見込みがない
  場合に、部分的にせよ民間のサービスに期待する方向が考えられるが、
  セーフティーネットを考慮せずに無条件に市場経済に委ねてしまうと
  弊害が出て来る。そして既にこの弊害が出て来ていると言えなくもない
  ところがまた厳しいところだ。

最後に日本の保健医療サービスの立て直しに期待できるのは上からの
医療制度改革ではなくて、下からの地域医療の取り組みであるとの
指摘があった。
これもまたイラクの医療保健サービスのひとつの可能性として考えて  
いることである。きょうの話の中ではうなづかせられる事が多かった。

人権を考える際に、日本の中での外国人労働者の医療を受ける権利、
日雇い労働者の医療を受ける権利に焦点を当てるのも、これらの人々が
単に社会的な弱者であることに限らず、これらの人々への医療サービス
が提供できないということは、ひいては他の日本の広範な層、つまり
多くの私たちの問題であるのだと気づかせる指摘も鋭いものがあった。

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2008.01.22

ガザもバグダードも真っ暗闇

1月21日(月)

16日の帰国の前に、ヨルダンで報道で連日見ていたのは、その前の週からの
米国のブッシュ大統領の中東訪問だった。
型通りにイスラエル、パレスチナを訪問したものの、パレスチナの平和よりも、
むしろその後のクウェートやペルシャ湾岸諸国訪問や、サウジアラビア訪問に
よってこれらの国々との軍事的、経済的な関係を強めてイラン包囲網を敷くこと
の方に熱心であったように見えた。

そして、そのブッシュ大統領訪問の余韻も収まらないうちに、イスラエルは
パレスチナ、ガザ地区への空爆を行い、彼らの言う武装組織対策を行って
いるが、それに伴い市民の犠牲者も増えている。

どうも日本にいると海外ニュースの優先順位が低いので、努めてニュースを
手にいれようとしないと中東のニュースもなかなか耳に入らないのだが、
さすがにこのニュースは国際メディアは何とか報じている。

そしてこれも今回が初めてではないのだが、ガザ地区への燃料供給が
イスラエルによって差し止められている影響で、発電所が停止し、ガザ地区
全体が停電で闇に包まれているという。

国連のパレスチナ支援機関の現地担当者もTVニュースの画面に登場して
現地の窮状を訴え、国際社会の支援を求めている。

さて、イラク、バグダードはどうか。
彼らも20日の夜は闇に閉ざされていたという。
18日から3日間のシーア派の祭事が終わった途端に、今度はそれまで
バグダード市内でも供給に支障がなかった日常物資の不足が問題になる
ようになったという。
3日間の車両通行規制が続いていたので、それが明けて、なおかつ日曜
(イラクはイスラーム国なので、礼拝日の金曜と土曜が二連休で、新しい
週の始まりは日曜日から)ということもあって、需要の方が伸びたことも
間違いないが、それよりも供給の問題が深刻な様子。

パンを買うにも長蛇の列、車にガソリンを入れるにもやはり長い列で、しかも
値段は高い、冬の寒さをしのぐには暖房が必須だが、暖房のための灯油を
買うにも又もや長い列だという。
政府の食料配給(Public Distribution System=PDS)もこの4ヶ月も満足に
来ていないと、この話をしてくれた知人はいう。

文字通り今は暗闇の中、これから先の見通しもまだ暗闇の中という状態だ。

バグダードでの今の値段(米ドル換算)

*調理用のガスボンベ=20ドル(ちなみにヨルダンでは6ドル~7ドルくらい)
*灯油20リットル=18ドル(1リットル当たり90セント)
*ガソリン1リットル=40セント(公定価格) 闇値は3倍以上?

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2008.01.21

23日に仙台で講演予定

19日の講演が終わってほっとしたところですが、実はまた
今週に新たな講演予定を控えております。

日どりは今度の水曜日(23日)の午後。
場所は東京を離れて東北になりますが、宮城県仙台市です。
「杜の都」仙台は、私にとっては第二のふるさとと呼んでも
良いほどの身近な街でありながら、ここ数年、数十年単位の
ご無沙汰なので、今回の訪問はとても楽しみです。

なぜ第二のふるさとと呼ぶかと言うと、静岡で生まれて以来、
父親の仕事の都合で転勤を繰り返していたので、私には
ふるさとと呼ぶ定まった場所がありません。その中で唯一、
一番遊び盛りの小学校2年から4年の頃をこの街、仙台で
過ごした経験があるからです。

何はともあれ、何が飛び出すか楽しみです。

宮教大職員組合講演会 -国際支援の現場から考える

日時: 2008年1月23日(水) 16:20から
場所: 宮城教育大学2号館228教室
主催: 宮城教育大学職員組合

--講師紹介--

●原文次郎
1963年生まれ。
2002年4月末、パキスタン、アフガン難民キャンプ訪問。
2003年2月~5月、米国サンフランシスコ滞在。(難民救援の
国際NGOであるIRCにてインターン)この間にイラク反戦市民
デモに参加の他、ニューヨークの9-11現場を訪れる機会を得る。
2003年7月~2006年12月:日本国際ボランティアセンター、
イラク現地調整員
2007年1月~: イラク支援ボランティア
2007年8月~12月: 国際協力銀行、外部専門調査員

●大畑豊
1963年生まれ。
NGO国際平和旅団(PBI)のボランティアとして93~94年
スリランカへ派遣された。
「非暴力平和隊・日本」共同代表。非暴力平和隊は、訓練
を受けた国際チームを紛争地に派遣し、非暴力的方法に
よって紛争解決がなされるよう護衛的同行などを行う国際
NGO。
非暴力トレーニングやガンジーがインド独立の手段とし象徴
とした糸紡ぎ「チャルカ」の講習会などもする。


 講師の原さんは元日本国際ボランティアセンター(JVC)の
イラク現地調整員で、国際協力銀行の調査員としてイラクの
隣のヨルダンに滞在し、日本に戻られたばかりです。イラクは
戦争による破壊とその後の混乱など、注目されている地域です。
もう一人の講師、大畑さんは元国際平和旅団(PBI)のフィールド
ワーカーで、非暴力平和隊・日本の共同代表でもあります。
非暴力平和隊は丸腰の市民による紛争地での平和構築活動と
いう特色ある活動をしています。
 海外での国際支援活動をされてきた両氏の経験から、その
現場の様子を伺うことができると期待しています。
 また近年、国際支援活動が注目されるようになり、軍隊もその
担い手として位置づけられています。しかし、軍隊ではなく市民
による国際支援や市民による平和構築の可能性はあるのか、
これからの国際活動に求められることとは、などをテーマとして
考えたいと思います。

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2008.01.20

コトトイ茶屋終了

1月19日(土)

私の地元の中野で開催の「コトトイ茶屋(=言問い茶屋)」でイラクのお話を
させていただきました。

主催者のオオツキ氏をはじめとして昔からの知り合いも含め十数名の方々に
お集まりいただきました。

私はこの種の「講演会」まして自分が話す番となると苦手なのですが、
イラクのことを知ってもらいたいというイラクの知人の思いに励まされ、
そしてイラクのことを知りたいという来場者の皆さんに励まされ何とかお話を
することができました。

いったん話を始めますと、自分の経験談に基づいているので、それなりに
スイッチも入り話しも進むのですが、来場者の方々のご期待にどれだけ
応える事ができたか不安です。

イラクを支援する人道支援コミュニティ(NGO、国連、各国のドナー状況)や
特に最近まで関わっている政府系機関による支援の実態について、もう少し
系統だった話が出来れば良かったという反省があります。

きょうの話のなかでも紹介しましたが、バグダードでは昨日から、シーアの
祝祭につき、シーア派のモスクのあるカダミーヤ地区を24時間通電させるため、
そして聖地カルバラやナジャフを停電させないための集中配電によりバグダード
の他の地域ではほぼ全面的に計画停電となっているそうです。
未だに必要な電気を供給できないこの国の仕組みはどうなっているのか、
疑問に思います。

また、これは報道でも伝えられていますが南部ナシーリヤやバスラなどの
地域でシーア派の民兵集団が警察との衝突により死傷者が出ています。
新聞記事ではこのシーア派の集団を「カルト」と表現しています。
カルトの定義が何であるかが問題ですが、それを言うのであれば、イラク中が
ある意味でみんなカルトの集まりであるとも言える今の状況の中で、なぜこの
段階でその集団がカルトと呼ばれるのか、気になるところです。

<1月21日補足>
この集団はアラブ系シーア派(イランのペルシャ系シーア派とは別の一派)
であるとのこと。
終末の日に12代イマームのマフディ(今は隠れているとされる)が再臨する
との信仰があり、この終末の日をもたらすために殺戮を行ったのだと言う。

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2008.01.19

イタリア、そして結局イラク

1月18日(金)

午後から(財)アジア福祉教育財団、難民事業本部主催の難民支援
懇談会に出席する。今回はイタリアにおける難民受け入れがテーマで、
昨年11月に行われた調査団の現地訪問の報告である。

イタリアは主に北アフリカから海路でやって来る移民、難民の欧州大陸
における最初の到達点になっている。
人権上は難民は受け入れるべきだが、欧州各国としては近年は移民も
含め不法滞在者が増えることには神経質になっていて、受け入れには
消極的な方向になっている。
イタリアも2002年の中道右派政権以来、政権の方針として不法移民に
対しては厳しく取り締まりの方針に当たる一方で、難民や人道的な保護を
必要とする人々に対しては公的保護の体制を整えてきた実績があると
するのがあらましである。

本筋とは離れたところで興味深かったのは、中央政府が法整備を整える
一方で、実際にそれを履行する段階で地方行政府の力の方が強く、
中央政府の強権もなかなか及ばないという話である。

私として、やはりつい思い浮かぶのはイラクだが、クルド地域、スンニ派
地域、シーア派地域の三地域の分割を考えるアメリカ方式の連邦制の
議論はさて置いても、実際に現場では地方の部族なり政治的な親玉の
力が強くなり、また一方でバグダードのイラク中央政府が調整の役割を
果たしきれていない現状を反映して、いちいち中央にお伺いを立てる間も
なく、地方(県単位)の行政府が実質的に現場を仕切っている実情がある。

イタリアと直接比べるのは少々強引ではあるが、地方行政府の力が強く
中央政府の強権も及ばないとの話を聞くと、やはりイラクのことを思わざる
を得ない。

イタリアのナポリで既存のゴミ処理場が満杯になり、自治体のゴミ収集
が機能しなくなって街がゴミであふれている様子が問題になっている。
これを伝える報道を聞いても、ナポリの属する行政区が他の地方にゴミの
受け入れを打診しても断られるという事情がある。
ゴミ収集と処理の利権にマフィアが絡んでいるので、単純な問題ではない
という事情もあるが、この問題にしても中央政府が調整を行うべきところが
十分な調整能力が発揮されているように見えない。

このイタリアとイラクがだぶって見える。

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2008.01.18

語り継がれる日

1月17日は阪神淡路大震災の日として語り継がれている

帰国した翌日なので、新聞にしてもTVにしてもニュースは「ながら
読み」、「ながら見」になっていて、しかも私の追っておきたい海外
ニュースは日本ではほとんど見ることができないので、あまり真剣
にニュースを見ていないのだが、それでも1月17日は震災の日と
いうことで、ニュースが目に耳に入って来る。

ちなみに1月17日が他には何の日であったか覚えている人はどれ
だけいるだろうか?
自分自身、忘れかけていた位なので、ヒトサマにお尋ねするのは
申し訳ないのだが、答えは1991年の湾岸戦争の開戦日である。
正確には米国時間16日で、日本時間とイラク時間では17日が
湾岸戦争の開戦日になる。

(蛇足ながらイラク戦争の時は開戦当日は私は米国にいたので、
 どうしても米国現地時間の3月19日で記憶する癖がついている。
 これも 日本時間とイラク時間はそれぞれ翌日の20日である。)

脱線ついでに話すと、日本では1991年の戦争を第一次湾岸戦争、
2003年のイラク戦争を第二次湾岸戦争と呼ぶこともあるようだが、
私の会ったイラク人はたいてい違う呼び方をする。

イラク人にとっては1980-88年のイランとの戦争が第一次湾岸戦争
で、1991年の戦争が第二次湾岸戦争で、2003年の戦争が第三次
湾岸戦争ということになる。彼我の戦争観の違いが垣間見られて
興味深いものがある。

1991年の1月17日。当時一般企業に勤めていた私は、米国への
短期留学を予定していて、そのための事前研修として日本で英語
の研修を受けていた。その日の英字新聞の記事からスピーチの
ネタを仕入れる課題があって、湾岸戦争を取り上げたので、鮮明
に記憶に残っている。
翌年の1992年の1月に米国のコロラドに行き、英語のクラスでの
課題が米国の大統領選挙の候補者に扮してのスピーチだった
のでこれまた記憶が鮮明だ。
この時期の米国のニュースは開戦1年後を振り返っての記事で
あふれていた。
ちなみにこの年の大統領選挙で民主党が勝ち、クリントン氏が
大統領の職に就いた。
それから年月が経ち、今度はヒラリー・クリントンが民主党の
大統領候補になっているのは何と言うめぐり合わせだろうか。

湾岸戦争当時の私はクウェートを侵略したイラクに懲罰を与える
という開戦目的を素朴に信じていた。このことが今となっては
悔やまれる。
この戦争で名を上げたのがCNNだが、その報道にまんまと
乗せられてしまったというところだろうか。

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2008.01.17

帰国しました

1月16日(水)の晩に帰り着きました。

アンマンのアパートを出てから東京都内の自宅に帰り着くまで
ドアtoドアで丸一日(24時間)の長旅でした。

今回はアンマンを出てからドーハと関西空港の2回の乗り継ぎで
東京の羽田着でしたが、乗り継ぎの待ち時間がいずれも3時間
程度と短かったので、感覚的にはけっこう早く帰り着いた感じが
します。

まあ、フライトが遅れまくった挙句、途中で予定にない一泊を
余儀なくされた前回のバハレーン経由での帰国が最悪だった
訳なので、それと比べればというわけですが。

さて、関西空港での入国審査カウンターでは顔写真と指紋の
採取装置を見かけました。
これは法改正の上で、外国人に対して顔写真と指紋の採取を
義務付けることにした上で、昨年11月から米国と同じような
システムを導入したもの。
日本人の私は指紋採取の対象にはなっていないし、帰国なので
審査も厳しくありませんが、しかしこのような機械を見せられると
気分があまり良くありません。
ちなみにヨルダンでは外国人の私はとっくに2年ほど前の段階で
指紋を取られていて、もう既にデータベースに登録されている
ようなので、いちいち毎度入国のたびに指紋を取られることは
なくなっています。

関空の入国審査カウンターの向こう側の壁には「テロ対策で
厳格な入国審査を実施しています」と英語と日本語で大書されて
いましたが、入国を審査の人々に対する威嚇と、審査の係官の
士気を鼓舞する以外にあまり効果がないのではと皮肉を言いたく
なります。

本当のテロリストであれば、そのようなスローガンが書いてある、
なしに関わらず彼らの目的を達成するためには入って来ようと
するであろうし。

「対テロ戦争」当事国のアメリカの入国審査カウンターには何と
書いてあるのでしょうか、気になるところです。

             *******

さて、夜に自宅に帰り着くと、雪がちらほらと舞っているのが見え、
改めてここが日本であることを知らせているようでした。
時差の関係で日本の真夜中がイラクの夕方以降の時間に当たり、
連絡を取るのには良い時間帯です。

さっそく帰国後の第一声で連絡を取ると、バグダード市内の
サドルシティの西側に住むAさんは、「バグダードは寒い。
電気が来ないので弾を取るのが大変だ」と言い、東側に住む
Bさんは、「きょうは6時間くらい電気が来た。お陰でホットシャワー
を浴びることが出来た」と言います。
同じ市内と言いながら、地区によってこれほど状況が違うということ
です。

帰国途中で読んだ新聞記事でも、ここのところイラクの電気供給の
不足が深刻で、イラク政府の高官も、発電のための燃料供給や
電力支援で近隣国が協力的でないとして非難をしているとありました。

この辺の事情について、あるイラク人の話では複数の理由があると
言います。
ひとつは私の指摘した近隣国からの支援の不足または意図的な妨害。
もうひとつはガスパイプラインが凍結してガス発電の燃料が供給できて
いないというもの。
そしてもうひとつは、イラクの中で地域間の調整がうまく行っておらず、
各地方が自分たちの消費電力の取り分を主張して勝手をやるので、
最終的にバグダード市の取り分が不足していると言うもの。

確かに電力分野に限らず、中央政府の統制が及ばず各県単位の
地方行政区の権力が強くなっていて、全国的な調整がうまく行かない
という話は良く聞きます。

しかしそうなるとこの問題の解決には即効的な対策はなく、問題は
こじれることになりかねません。

「とりあえず明日(17日)から三日間はシーア派の祝祭に関連して
バグダードは外出と車両通行規制が敷かれ、いったん治安が収まるし、
電力問題もそのうち解決するさ。」などと言い、意外に楽観的な
イラク人の見方ですが、果たしてどうなりますことやら。


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2008.01.16

帰国途中-カタールにて

1月15日(火)

午後にアンマンを出発し、帰国の途に着く。
午前中には急遽会議が入り、出発間際には日本への持ち帰りを
頼まれた品物の受け渡しがあったりと、ぎりぎりまで慌しくなった。

アンマンを定刻で午後4時前に飛び立ったカタール航空機は
所要時間2時間ほどでカタールの首都ドーハの空港に降り立つ。
機内はアラブ人が多いのは当然としても、アジア系の若い女性が
目立つ。彼女らは出稼ぎの家政婦などの仕事で中東に来ているのだ。
私の隣は長身の男性で、シートの幅の小さいこの航空会社の座席で
窮屈そうにしている。聞くとノルウエーからの観光客で、エルサレムを
訪問した後にアンマンからカタール乗継ぎで、次はインドネシアの
ジャカルタに行くところだという。

この航空会社は客室乗務員(キャビンアテンダント)もアジア系の
スタッフが多い。石油で潤っていると言われる中東諸国も蓋を開けて
見ると経済の底辺はこれらのアジア系の人々の働きで支えられている
ことに気づく。

仕事でイラクの保健分野の議論をしている中で、イラクの医師や
看護師の数と質が話題になることも少なくないが、いつも問題だと
思うのは看護師については数も質も足りていないということだ。
しかし人材は促成栽培できないので、いざとなったらイラクの看護師も
他のアジア諸国から呼び寄せてお金で解決するようになるのだろうか。

その様なことを考えつつドーハに到着。夜の闇に町の光がまぶしい。
空港で地元の英字新聞Qatar Tribuneを買い求めて読んでいると、
カタールローカルの記事で、病院でナースが不足しているので、
患者の一番多く来る午前8時から午後1時と午後8時から夜中の零時
の時間帯のシフトを厚くして、午後のシフトの数を減らすなどの
やりくりで対応していると出ていた。カタールのナースもやはり
インドなどのアジア諸国からの出稼ぎなのだと言う。
医療問題はやはりどの国でも一筋縄では行かないようだ。

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2008.01.15

帰国します

1月14日(月)

明日15日午後にアンマンを出発し、16日の夜に東京に帰り着く
予定で日本に帰国します。

前回はガルフ航空の大幅遅延に懲りたので、今回はカタール
航空でドーハ経由となります。

カタールでドーハと言えばアル・ジャジーラTVの本社がある
ところです。
最近読んだ某新聞によると、アルジャジーラも経営の資本の
関係でサウジの人権問題への追及が甘いとの記事もありましたが
真相は不明。
ヨルダンの自宅アパートで視聴できる英語メディアは、BBC、CNN、
アルジャジーラ国際版(英語放送)でしたが、中東ニュースでは
アルジャジーラに一番お世話になりました。

これから帰国のための荷造りです。
今回は昨年8月以来の久しぶりの日本です。

日本といえば、インド洋上での給油措置に関する対テロ新法案が
国会を通過したと聞き、困ったものだと思っています。
イラクについてもそうですが、アフガニスタンについても日本やアメリカ
の都合ではなく、もっと現地の実情を見て判断して欲しいものだと思い
ます。

最後に訂正を。

昨日、バグダードできょうから車両通行規制と書きましたが、四輪の
自動車は対象外で、対象になっているのは二輪車のバイクだそうです。
何でもMuharram初日(イスラム暦の新年)の先週の木曜日(10日)に
ナジャフかどこかで二輪車を使っての爆破があったからだという理由。
バグダード市内でも南に向かう幹線道路の道端から物売りを排除して
いるとか。何かとものものしいシーアの祝祭日前です。

きょうもサドルシティで2発の爆弾とバグダード南部のドーラの製油所
を狙ってのカチューシャ砲による攻撃があったとか。
これらを伝えてくれるイラク人も慣れてしまって、まるできょうの天気
予報か日常茶飯事の様子で話してくれますが、そういう慣れも怖い
ものがあります。


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2008.01.14

遠い夜明け

1月13日(日)

いきなり映画のタイトルのような表題をつけてしまったが、
きょうの話題もイラクである。

帰国を前にして、会議やらイラク人の知人へのあいさつで
きょうも一日暮れて行ったわけなのだが、どこの話を聞いても、
TVニュースなどで伝えられる「治安改善」の話が夢物語の
ように聞こえてきて、別の世界の話を聞いている気分になる。

きょうもバグダード市内ではサドルシティで2発の自動車爆弾
の破裂と、繁華街のカラーダ地区では撃ち合いがあったと聞くが、
詳細は不明だ。バグダード市内でも携帯電話のつながりが悪く、
違う地区の様子となるとぜんぜんわからないという。
シーア派の祭事「アシュラ」のために巡礼者が向かう聖地カルバラ
とナジャフに向かうルートではトラブルを回避するために厳戒態勢で、
明日からはバグダード市内は車両通行規制が始まるという。

イラクからアンマンに避難して来ているイラク人のひとりのAさんに
会い、「報道ではバグダードやアンバール県では治安が改善されて
いると言っていますが...」と水を向けてみたところ、最新の現場レポート
を読んでいるかと一喝されてしまった。

確かに数字のマジックが使われている。
2007年後半が前半と比べて良くなったかと言われればYesである。
しかし、どの程度良くなったかと言えば、サマッラ聖廟の爆破事件の
あった2006年2月のレベルに戻っただけで、その前にもっと治安の
良かった2005年のレベルにも達していない。

この理屈は、米軍3万人の増派で治安改善の効果があったとして、
その3万人を減らすことを「削減」と称する理屈(あるいは屁理屈?)と
まったく同じである。

イラク国民議会は昨日付けでいわゆる旧バアス党員の公職追放
政策を撤回する法律を通過させ、これを国民融和策に向けての
大いなる前進であるとバハレーン訪問中の米国ブッシュ大統領は
自賛したが、これも米国による占領軍暫定当局(CPA)の統治の
時代の誤りを元に戻しただけのことで、アメリカの尻拭いを今の
イラク政府が取らされたようなものだ。

これについてもイラク人Aさんは辛口で、「今さら戻してもこれで
恩恵に浴するのは、旧政権の中で恩恵に預かっていた、使えない
人たちだけだ。実務者など本当に使える人たちはとっくにイラクの
中にはいなくなってしまっている」と言う。

どこまでも夜明けの見えない話を続けるこの友人の話に私はただ
うなづくしかなかった。

日本も含む国際社会も共犯者で、イラクを食い物にしているという
批判もあった。彼の指摘にどれだけ私たちは反論できるだろうか。

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2008.01.13

ヨルダンもイラクに負けずに寒い

1月12日(土)

ヨルダンも雪が降ったイラクに負けずに寒い。
道端にやけにキラキラと光るものがあって、ガラスかと思って避けようと
思ったがよく見ると、水溜りが凍りついていた。

昨日紹介したバグダードの降雪の話も、バグダード南部のアラブ・ジャブール
の爆撃の件も、一晩明けると昨日のニュースのひとコマとして追いやられて
いる感じがある。こうして毎日が何となく過ぎてゆくのだと思うと怖くなる。

夕方から、アンマンで治療を受けているイラクの血液病の患者さんのお宅を
訪問する。白血病と同じく骨髄移植の手術を受けたアハマド君の一家は、
JIM-NET(日本イラク医療支援ネットワーク)での支援以来のお付き合いで、
きょうは帰国を前にしての挨拶に伺ったら、私の一足前に帰国する同じく
JIM-NETメンバーのアラブの子どもとなかよくする会の西村陽子さんも
来られていて、「作業」に忙しい。そう、JIM-NETのチャリティキャンペーン
日本のみなさんにご提供するトートーバッグ作りで大忙しのところだった。

ここのお父さんには、Mr.ハラの仕事では私たち(イラクのがん患者とその
家族たち)を助けてくれているのか?と聞かれた。
遠まわしには助けていることになると信じて仕事をして来たつもりではある
が、具体的に、お金などの面で直接の支援にはなっていないので、返答に
苦慮する。しかし、本質を突いた質問だと思う。
このような声に応えていることにならなくてはいけないと自戒する。


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2008.01.12

バグダードに降るのは雪か爆弾か

1月11日(金)

今朝方、バグダードに雪が降ったと聞く。

イラクのTV局の発表ではマイナス6度まで気温が下がったと言うが、
さすがにこれは大げさだろう、実際はマイナス3度位ではないかと
例のバグダードの友人は言う。
バグダードで雪が降ったことなどこれまではなく、何かの良い知らせ
であって欲しいという願いも込めてみんなで祝ったのだそうな。
しかし、そう言う彼の家にはこの3日間、まったく電気が来ていない
のだと言う。何でも政府発表では、南部のバスラの発電所か変電所の
故障で、直るまでにまだ数日かかるという話し。
自家発電では電力が足りないので、電気温熱機が使えず、体を洗う
お湯も使えない。暖房も電気ではできないので、入手しづらい灯油を
炊くしかない。結局、自家発電ではTVを見るくらいしかできないので、
深夜12時になる前に電気を切って寝るしかないという。

このようなバグダードの上空に10日の朝は爆弾も降った。
爆弾は自然現象ではないので、もちろん落とした者がいる。
この作戦は、10日に紹介した、イラク全国規模のアルカイダ掃討
作戦Operation Phantom Phoenixの一部だ。
空爆の対象となったのはバグダード郊外のアラブ・ジャブール地区。
郊外と言っても、南部のドーラ地区からはすぐ隣であるし、繁華街の
カラーダ地区からもチグリス川を挟んで対岸と言って良いほどの近さだ。
友人も飛行機の姿は見なかったが、バグダード市内まで爆撃音が
聞こえたという。

「最初の10分間に4万ポンドの爆弾を投下し、40箇所の標的を叩いた」
発表ではこのような話だが想像を絶する。
そもそもそのようなところに今までアルカイダがいたとして、バグダードの
目と鼻の先だ。今までの掃討作戦でアルカイダを退治できなかったという
話を信じるとしても、しかしそこに爆弾の雨を降らせてそれで効果がある
のだろうか?もちろん公式発表では成果が発表されてはいるが。

成果が強調されても、一方で市民に被害が出ていて現地のスンニ派の
部族が怒っていると言う話はなかなか表に出ない。

11日の報道ではWHOとイラク保健省が合同で行った調査結果に基づく
2003年3月のイラク戦争開戦後、2006年6月までのイラク人の死者数
の推計が15万1千人という結果が報道されている。
(報告書の全文はthe New England Journal of Medicine
 ウェブサイトに掲載)

これは2006年から2007年にかけての一連の調査結果の一部と
思われる。
と言うのは、この調査 Iraq Family Health Surveyの結果発表会が
ちょうど1月10日に開かれていたから。
仕事の関係で私にもこの発表会への招待状が届いていたのだが、
惜しいかな会場はバグダードのグリーンゾーンの中。
残念ながら私は足を運ぶことができなかった。

しかし別の見方をすれば、バグダードを会場にこのような発表を
すると言うことは、そこまで足を運ぶ出席者がいるという証でもある。
確かに国際NGOや国際機関のスタッフも、おおっぴらには言えない
が、バグダードに出入りしていることは確か。日本人の場合はまだ
そこまで自由に出入りできていないのが残念。

話を本題に戻すと、この調査の結果として15万人超という数字の
重さを考えると、なおさらバグダード南部空爆の空の下の犠牲者に
思いが及び、胸が痛くなるのだ。

治安の悪い地域は自宅訪問形式の調査ができず、推計に頼っている
ことと、調査期間の関係で、治安がさらに悪化した2006年後半以降
の数字が計上されていないことを考えると、15万にと言う数字もまだ
少なめの数字である。

調査方法の難しさもあるが、死者数の数字は容易に政治的なツール
に使われることもあってなかなか正確な数字を把握することが難しい。
しかし数字がないと保健医療分野にしても実態をつかまえて支援を
することが本当に難しい。

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2008.01.11

「作戦」の開始

新年から連日のように起きている自爆攻撃により宗派間抗争を再燃させよう
とするアルカイダの企みに対抗して、イラク駐留米軍は、1月8日から新たな
アルカイダ掃討作戦を開始し、攻勢をかけていると報道されている。

ディヤラでは米軍による大規模な空爆にさらされていると聞き、またしても
一般市民に被害が及んでいるのではないかと気がかりである。
作戦上は一般市民への被害は「付随的な被害(コラテラル・ダメージ)として
扱われるが、被害の当人にとっては付随も何もあったものではない。

確かにここ連日の自爆攻撃の目標とされているのは、アルカイダ掃討のために
米軍に協力しているスンニ派のAwakeningCouncilのメンバーであるが、しかし、
攻撃を仕掛けている側が何者であるかは良く分かっていない。
昨年末にはビンラディンの新たなテープが流され、その中で米軍や協力者に
対するアルカイダの反抗が示唆されているのは確かであるが、それと実際に
イラクで起きていることに直接の関連があるかどうかは証拠が示されていない。

私がアルカイダ犯行説を全面的には認め難いと判断するのは、Awakening
Councilのメンバーを狙っての攻撃はイランの影響を受けたシーア派民兵
あるいはイランによって直接行われているとする説もまた別のルートから
もたらされているからだ。
しかし、そのいずれが正しいかは判断がつかない。

今回の米軍の一連の新作戦はまとめてOperation Phantom Phoenixと
呼ばれている。
そのうち、ディヤラでの作戦はOperataion Raider Harvestと言う。
Harvestというのは「農園」という意味と「収穫」という意味がある。
ディヤラは以前からバグダード近郊の農業地帯として有名なところだ。
つい先週はこの地域からアンマンに来ているイラク人の家族にお会いした時
に地元産のデーツ(なつめやし)を頂き、おいしかった。
Harvestに軍事的な「収穫」の意味もかけているとすれば相当な皮肉である。
この種の米軍の作戦名はたくさんあり過ぎて、専門のウェブサイトでも見な
いと私もついて行けていない。
ウェブサイトの中にはブラックユーモアのサイトもあって、作戦の場所や
時期などの条件を入力するとそれに合わせた作戦名を自動的に作成して
くれるサイトまである。(この作戦名はもちろん架空のもの)
いずれにせよこれらの作戦は「軍事作戦」であることを考えると、冗談で
笑っている場合ではない。

ロイターの報道によると、今回の作戦のOperation Phantom Phoenixの
中には軍事的な力で押す攻撃に加えて、地域に必要なサービスを提供し、
経済開発を促進し、地方の統治能力を高めるという、「経済的な要素」
も組み込まれているのだという。
この分野はまさにNGOや国連・国際機関による人道支援と似ているよう
だが、似て非なるものである。

支援の活動が軍事的活動と並行して行われたり、軍事的活動に従属する時には、
それらの活動の健全な動機付けや、中立性が損なわれる。そのような活動は
軍事的な目標を達成するための手段であり、道具としての存在であって、
本来の意味での支援の目的に反する。

イラクでガンや白血病に苦しむ子どもたちへの医療支援を続けている日本の
NGOネットワークのJIM-NET(日本イラク医療支援ネットワーク)
では毎年、バレンタインチョコにちなんだキャンペーンで現地支援のために
資金集めをしていて今年で3年目になる。
このキャンペーンも「作戦名」をつけている。軍事的な「作戦名」にうんざり
している私たちがつけた作戦名は本当の人道支援のための作戦名だ。
この作戦「限りなき義理の愛作戦2008」に皆さんのご協力をお願いします。
http://www.jim-net.net/notice/08/08campaign01.html


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イスラーム暦の新年

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2008.01.10

カフェと言えば「中東カフェ」

7日にコトトイ茶屋のことを書きましたが、茶屋と言えば思い出すのは
カフェ。中東カフェのこともご紹介しなくてはいけませんでした。

この中東カフェというのは、東京外国語大学の酒井研究室を中心にした
事業で、正式名称は「世界を対象としたニーズ対応型地域研究推進事業;
中東とアジアをつなぐ新たな地域概念・共生関係の模索」という長い名称
ですが、要するに日本やアジアの中東理解、中東の日本やアジア理解という
相互理解を課題にしています。
それで、研究者に止まらず、メディア関係者やNGO関係者も事業協力者と
なっている中で、恐れ多くも私もNGOとしてJVCのイラク現地担当の
時からのご縁で協力者の末席に入れていただいております。

既に12回目になりますこの中東カフェの次回のテーマはアラブ音楽。

第12回中東カフェ  「踊るアラブ人」

日時:2008年2月1日(金) 18:30~21:00

会場:キューバン・カフェ(@汐留)


という訳でさらに詳しくはココをご参照ください。

実はきょうでやっと日程が決まったので、どさくさ紛れに紹介しますが、
私は1月15日のフライトで日本に帰国の予定です。
2月は日本に居る予定なので、この日の中東カフェにもぜひとも参加したい
と願っております。

本当にアラブ人は踊りが好きですし、音楽も思わず踊り出す音楽です。
何を隠そう、このところのPCの不調により、只今、私はこの原稿を
インターネットカフェで書いているところです。

BGMにも思わず踊り出しそうなアラブ音楽が鳴り響いております。
また、別方向からは、サッカー中継のTVの音が鳴り響いているのも
まあ、こちららしい風景ではあります。

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2008.01.09

バグダードは"普通"に戻った!

1月8日(火)

いつものようにバグダードの友人に電話をかけて様子を聞くと、
きょうの彼の第一声は、「バグダードは普通に戻った!」というもの。

これだけではBlog読者のみなさんにはどういうことかわからないと
思いますが、要するにまたしても混乱の日々が訪れたという悪い方の
意味です。

ここ数日間、いわゆるAwakening Councilとか、
Concerning Citizen、日本語では「覚醒委員会」、
アラビア語ではSahwa(”目覚め”という意味)のいわゆる
アルカイダ掃討作戦のために米軍に協力をするスンニ派の地元組織
のメンバーを狙った攻撃が連続しています。

このBlogではあえてこの間、個々のこれらのニュースには触れて
来ませんでしたが、それは、事が起こっている真っ最中では様々な情報
が交錯して、何が本当のことだかわからないからということもありました。

きょうになってその「本当のこと」が分かった訳ではありませんが、
何となく流れが再び見えてきた様子はあります。やはり友人が言うように、
「普通」の状態が戻ったと思わざるを得ません。

ここ数日間でメディアを賑わしたニュースとしては、6日のイラク軍創設
記念日を狙った自爆や、同じく6日にキリスト教の祝祭日を狙っての
イラク北部モスルでの教会や修道院の襲撃があり、また、共同作戦に
従事していたイラク軍兵士が米軍兵士を撃ち殺した話や、ホルムズ海峡
で米国の艦船とイランの革命防衛隊の船が一触即発の事態になったこと
などがあります。

こうして書いていると結構いろいろなことがあったことになっていますが、
それでも漏れている出来事があり、1月6日―7日の間に一日当たり100件
ほどの爆破事件があったとバグダードの友人は言います。

そんな大げさなとは思いますが、しかし、年末から年明け早々までは比較的、
楽観的であった友人の口調は明らかに変わってきています。

バグダードの冬の寒さも厳しくなってきたが、燃料の灯油(ケロシン)を
買うために販売所で半日待たなくてはいけないし、待っている間に列の間で
いざこざが起きて乱闘になることもあるので危ないと言います。

まだまだイラクの春は遠いのかと憂鬱になります。

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2008.01.08

コトトイ茶屋のこと

1月7日(月)

ここ数日ご機嫌斜めのPCを叱咤激励しつつ、発表会を行いました。
何の発表会かと言いますと、昨年の8月以来、本業の方でとりくんで
いる「イラク保健分野の現状と課題を整理し、支援策を提示する」と
いう難題でありまして、聞き手のみなさまはヨルダン駐在の日本人の
イラク支援関係者の方々でございました。
問題そのものが多岐におよぶので、題材には事欠かないわけですが、
より問題なのは課題を提示しっぱなしでなく、どのような展望を持って
解決策を提示するかということ。この点では問題の難しさもさること
ながらわたくしの実力の至らないところも多々ありましたので、まだ
今後詰めなくてはいけない「課題」を残しています。

さて、このような内輪話もここに書くのは、このブログを「再起動」して
以来、イラクの実情を日本のみなさまにも知っていただくために、ささやか
なりとも努力を怠ってはならないと改めて反省しているからです。
(「今頃気づいても遅い」という声もあるかもしれませんが。)

さて、いつものように前置きが長くなりましたが、今月の中旬には日本に
帰国する予定で準備を進めております。そして、帰国早々の第一声の場も、
知人のオオツキさんのおかげで用意して頂きました。

日時は1月19日(土)18:30-
場所は私の日本の地元の東京、中野でございます。
小じんまりとやらせていただきますので、お申し込みはお早めにどうぞ。

以下、オオツキさんのBlogより、開催要項を引用します。

文章の感じからもお分かりいただけると思いますが、ゆるゆるとやらせて
いただきます。

...しかし、この日までにちゃんと帰れるんだっけ?一抹の不安あり。

          **************

「 そうだ、ハラさんに聞いてみよう ~イラクの今と日本の関わり~ 」

というわけで、お迎えするゲストは原文次郎さんです。

原さんは、JVC(日本国際ボランティアセンター)、その後は国際協力銀行(JBIC)のスタッフとして、現地でイラク支援に深く関わられてきました。

そもそもイラク戦争って何だったんですか?

日本はイラクに何をしてきたのか、これから何をすることになるのか?

一体全体、今、イラクでは誰と誰が戦ってるの?

今更ながら、「人道支援」で人は救えるのか?

・・・NGOと政府機関の双方でのイラク支援の経験を持つ原さんからは、イラクの現状、そして日本の関わり方についての、とて~も貴重なお話が聞けることうけあいです、ホント。

原さんは現在、在ヨルダンです。コトトイ当日は、帰国直後のほくほくのお話をしていただきます。

「今、ひどく大変なのは分かるが、実際、何が何やらよう分からん」イラク。

原さんのお話を聴きに、さらにあれこれ訊きに、みなさま気軽にあそびにきてくださいませ。

※いつものように、コトトイ終了後、そのまま裏コトトイへと移行します。

  ご都合つかない方は、そっちに飲みにくるだけでも無問題です。

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【日時】  1月19日(土) 18時30分~

【会場】  NOAH'S CAFE

      〒164-0002 東京都中野区上高田1-34-1

       HPはコチラ

【参加費】 1000円 (1ドリンク込み)

★ お申し込みはお名前・ご連絡先を明記の上、

  NOAH'S CAFEまでメールにてご連絡ください。 

  定員は25名です。お早めにどうぞ。

  noahscafe☆qd.main.jp

  申し込みの際は☆を@に変えてください)

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2008.01.07

雨降って地固まらず?

1月6日(日)

イスラームの金曜祝日に合わせ、ヨルダンでは金曜日と土曜日が2連休で、
新しい週は日曜日から始まる。

それで早速職場でPCをつなごうとしたところがネットワークエラーが続く。
前日からPCの調子がおかしいので、そのせいかと思ったが、バックアップで
用意した別のPCもつながらない。

どうも変だと思って聞いてみると、ヨルダン全体でネットワークのアクセスに
支障が出ていると言う。日本でこのようなことがあれば大騒ぎだろうが、ここ
は中東。こういうことも珍しくない。
前にも学生の大学入学統一試験の結果発表日など、結果をインターネット経由
で見ることができるものだから、皆が一斉にアクセスする当日はネットワーク
がパンクすることがあった。

ちなみに今回の原因はヨルダンの通信会社の基幹のインターネットセンターの
停電のせいだと後からわかる。通信不能な時間は数時間に及んだ。

もうひとつヨルダンらしい話と言えば、4日に紹介した雨乞いの結果である。
雨乞いの結果、雨が降るには降ったが、残念ながらダムの貯水にはあまり貢献
しなかったようで、貯水量は相変わらず下がっているという。
それはそれとして、この雨のおかげで交通事故が増えたとの報道もあり。
これもヨルダンならでは。

何しろ普段から雨が降らないから、道路の構造が排水を前提に作っている日本
とは違い、道路上に水がたまりやすい、なおかつ、普段からタイヤがすり減っ
た車が横行しているものだから、雨が降ったら滑りやすいことこの上なく、
結果として交通事故が増えたという話。

確かにこちらでは雨降りが少しでも強くなると、日本で東京などで雪が降った
時なみに車の運転が慎重になり、道が渋滞する。
この上、雪が降るようになったら大変だ。ふつうは数センチしか積もらないが、
路面がシャーベット状になるので、車が滑ってまた交通事故が増える。

中東で雪?と不審に思う方もおられるかも知れないが、降るのです。
ここでは1月か2月に年に1回や2回は雪が降る。

まだまだ寒い季節が続くアンマンです。
きょうは晴れ。その分余計に寒い。

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2008.01.06

ケニア騒乱の早急な解決を求める国際署名

ケニアの状況について1月3日に触れましたが、その後、以前からの
知人でもあるアフリカ日本協議会の稲場氏より国際署名の案内が届き
ましたので以下の通り全文引用でご紹介します。

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■ケニア騒乱の早急な解決を求める国際署名■

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ケニア共和国では、昨年末に行われた大統領選挙の結果をめぐって、大規模な騒乱状態が生じています。これについては、日本のメディアを含む多くの報道機関などでも大々的に報じられています。報道によると、1月5日現在、数百人が死亡し、17~25万人が国内避難民となっています。

この危機に際して、ノーベル平和賞受賞者である南アフリカ共和国のデズモンド・ツツ大司教がナイロビ入りし、ふたりの大統領候補者の間の調停を積極的に進めています。ケニアの報道機関が連合を組んで報道規制に抵抗しながら活発な報道を続けているほか、ケニア国内の各種市民社会による、平和を求める動きなども生じてきつつあるようです。

ここに紹介するのは、英国・南アフリカ・ケニアに事務所を置くNGO「FAHAMU」(http://www.fahamu.org/index.php)の主要メンバーにより展開されている国際署名「ケニアの選挙に関わる危機への緊急の解決を呼びかける」です。FAHAMUは、情報とコミュニケーションの促進を通じて、アフリカに於ける社会正義の確立をめざすネットワークNGOで、アフリカの各種情報や論説を集めたメール・ニュースマガジン「Pambazuka News」を発行しています。(http://www.pambazuka.org

ここに紹介する署名は、Fahamuの共同ディレクターを務めるケニア人フィロゼ・マンジ氏を中心に、在英のケニア人作家・詩人・市民活動家が起草したものです。二人の大統領候補に対して、協力して危機の解決策を模索することを求めると同時に、平和を愛する全ての人々に対して、ケニアに平和をもたらすための署名を呼びかけています。

■署名の方法について■

(1)以下の日本語訳(および必要ならば英語訳)をお読み下さい。

(2)署名に賛同したいと思われる方は、以下のウェブサイトにアクセスしてください。

Petitiononline.Com "CALL FOR URGENT RESOLUTION OF KENYA ELECTORAL CRISIS"

http://www.petitiononline.com/kenya08/petition.html

(3)このウェブサイトの以下のURLから署名できます。

http://www.petitiononline.com/kenya08/petition-sign.html

(4)現在の署名数および署名者を確認するためには、以下のURLを見てください。

http://www.petitiononline.com/mod_perl/signed.cgi?kenya08

(5)ワード版もありますので必要な方はご連絡下さい。

(info@ajf.gr.jpまで)

■日本語訳「ケニアの選挙に関わる危機への緊急の解決を呼びかける」■

※英語原文は、日本語訳の後についています。

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ケニアの選挙に関わる危機への緊急の解決を呼びかける

~ケニア国家統一党およびオレンジ民主運動の指導者への書簡~

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(翻訳:稲場雅紀)

私たちは、オレンジ民主運動(Orange Democratic Movement)と国家統一党(Party of National Unity)の指導者たちに対して、ただちに、ケニアで現在生じている、選挙に関わる危機への解決策を模索し、その指導力を通じて、国家の平和と調和を再建するよう呼びかけるものです。

私たちは、高い投票率によって多くの人々に印象を残したこの選挙に続いて生じた、事態の悪化に懸念を表明します。私たちは、ケニアの人々の尊厳と勇気を称賛するとともに、ここ数日間の不要な暴力によって命を失った人々とその家族、また、傷ついた多くの人々に対して、哀悼の意を表します。ケニアの人々にとって、今は、忍耐し、尊厳を守り、大多数の人々にとって最も利益のある解決策を探すことが必要な時なのです。

私たちは、この国において、生命を奪い、資産を破壊し、全体的な騒乱状況をもたらす原因となったこの混乱について、痛苦に受け止めます。選挙の結果が論争となったことにより、ケニアのみでなく、アフリカ全体において、民主主義と平和に向けた展望が傷つけられました。ケニアの歴史上、最も激しく闘われたこの選挙の結果について、暗雲がたれ込めていることを、私たちは悲嘆の思いで受け止めています。私たちは、自由で公正な結果を得るためにも、緊急の課題として平和が取り戻されることが必要だと信じています。

私たちは、今は挑発的な行動をする時ではないこと、相争うパートナーを交渉の席に着かせるためにリーダーシップを発揮するべき時であることを信じます。この危機は、未だ対立するプレイヤーたちが、調停と和解のメカニズムを活用することによって解決することが出来ます。危機の平和的解決を立案することこそ緊急の課題であることに気づくべきなのです。もし必要なら、アフリカ連合(African Union)や、その他選挙監視を行った組織などの第三者の調停を活用することも可能です。私たちは、相争う指導者たちに対して、民主主義の精神にしたがって行動すること、透明性のある方法によって、ここ数日の騒乱によって生じた傷をいやすことを追求することを要請します。

私たちは、多くの人々が、今回の選挙において不正義が生じたと考えていること、また、それについて裏切られたという感情を持っていることを認識しています。私たちは、こうした人々に対して、適切な説明とアカウンタビリティを要求すること、また、市民としての責任に関する自覚に沿って行動することにより、選挙プロセスに参画していくことを求めます。

私たちは、国家統一党およびオレンジ民主運動の指導者たちに対して、国家の利益のために、現在の危機を解決し、和解を模索していくことを呼びかけます。

私たちは、調停と和解のメカニズムを緊急に設置し、どこにも勝者はなく、ただ敗者のみが存在する現在の状況により生じたすべての不満や苦悩に声を与えることを求めます。また、現在までに行われている仲裁プロセスを歓迎します。

私たちは、治安部隊および他の全ての勢力によって生じている暴力を直ちに停止することを求めます。

私たちは、治安部隊が平和と秩序を維持する役割を有していることを認識しますが、一方で、ここ数日において、治安部隊が非武装の市民に対して行っている、過剰でなおかつ非中立的な暴力の行使を非難します。

私たちは、選挙プロセス全体およびその結果について、競合する政党の間での認識の違いを解決するための、独立した透明性のある検証を要求します。選挙の結果と、報告されたすべての違反行為、とくに、最終結果の集計作業にかかわる各種の不整合について、検証の対象にする必要があります。

私たちは、信用に足る独立した司法調査委員会を即座に設立することを呼びかけます。これはすでに選挙監理委員によっても呼びかけられています。

私たちは、国際社会に対して、提案されているこれらの検証プロセスの結果を忍耐強く待つことを呼びかけます。ムワイ・キバキ政権 Mwai Kibaki Government もしくはライラ・オディンガ政権 Raila Odinga Government の下で生きていかなければならないのは、他ならぬケニア国民です。国際社会は、これらの選挙が「自由で公正であった」と宣言する前に、独立した検証プロセスによる提言を踏まえる必要があります。

私たちは、平和で民主的なケニアを求める人々、とくにアフリカ連合の人々に対して、この危機について、対話と和解による早急な解決をもたらしうるイニシアティブを支援することを求めます。

私たちは、報道機関に対して課されている報道規制に対して、深い懸念を表明します。こうした報道規制は、すでに一触即発の状況にあるケニアにおいて、疑念と憶測を拡大する効果しか生みません。表現の自由は、ケニアの人々によってここ数年勝ち取られてきた最も偉大な民主主義の成果であり、私たちはこれを後退させることは出来ません。

私たちは、報道規制を直ちに撤回し、ケニアの人々が、今何が生じているかを即座に知ることが出来るようにする事を求めます。私たちは、ケニアの報道機関が、この危機に関する情報を流し続けていることについて、これを賞賛します。危機の時期にあっては、憶測ではなく事実に基づいた民主主義の確立にとって、自由で独立した報道機関の存在が不可欠です。

私たちは、この危機に当たって、国際的な各種の報道機関が、ケニアの報道機関を支援すること、自由で独立した報道の権利を促進し続けることを求めます。

私たちは、平和を愛する全ての人々が、ケニアが通常の状態に戻り、人々が恐怖と不安を抱えることなく生き続けていけるように、私たちとともに、この危機の早急な解決を求めていくことを呼びかけます。

(署名)

本書簡の起草は、いずれも在英のケニア人作家・詩人・市民活動家である
ワングイ・ワ=ゴロ Wangui wa Goro、フィロゼ・マンジFiroze Manji、
ムコマ・ワ=グギ Mukoma wa Ngugi、ロナルド・エリー・ワンダ Ronald Elly
Wanda、キング・オモガ King Omoga、セニャ・シイェンディ CenyaCiyendiに
よってなされ、フィロゼ・マンジによって執筆された。

■英語原文
「CALL FOR URGENT RESOLUTION OF KENYA ELECTORAL CRISIS」■

CALL FOR URGENT RESOLUTION OF KENYA ELECTORAL CRISIS

http://www.petitiononline.com/kenya08/petition.html

To: Leaders of PNU and ODM

CALL FOR URGENT RESOLUTION OF KENYA ELECTORAL CRISIS

We the undersigned call on the ODM and PNU leaders to urgently seek a

resolution to the current electoral crisis in the country and restore

peace and harmony in the country through leadership.

We express our concern at the deteriorating situation in Kenya

following what has been widely acknowledged as an impressive election

turn-out. We commend the Kenyan people for their dignity and courage

but also express our condolences to the families of those who have

lost their lives and to the many who have been injured in the course

of needless violence over the last few days. This is a time for

Kenyans to be patient, dignified and to look for solutions that are in

the best interest of the majority.

We regret the chaos which has caused loss of life, destruction of

property and general unrest in the country. The contested outcome has

marred the prospects of democracy and peace not only in Kenya but also

in Africa. The cloud which hangs over the conclusion of one of the

most fiercely-fought elections in Kenya?s history is regrettable. We

believe that peace should be regained as a matter of urgency so that a

free and fair outcome can be reached.

We believe that this is not the time for provocative actions, but a

time for demonstrating leadership through bringing the contending

partners to the table. This crisis can be resolved by the players in

disagreement using conciliation and arbitration mechanisms as a matter

of urgency to plan a peaceful resolution of the crisis. If necessary,

this could be done with the involvement of others such as the African

Union and others, such as those who acted as election observers. We

urge the contending leaders to act within the spirit of democracy and

seek to heal the wounds that have been opened by recent events and to

do so in transparent ways.

We are aware of the betrayal that many may feel in what they consider

to be an electoral injustice. We ask them to engage in the process by

seeking explanation and accountability and to be guided by their own

sense of civic responsibility.

We call on the PNU and ODM leaders to seek conciliation and resolution

of the current crisis for the sake of the country.

We call for mechanisms for mediation and conciliation to be put in

place urgently to give voice to all grievances that have arisen from

the present situation in which there can be no winners, only losers.

We welcome the mediation processes that have been initiated

We call for an immediate ending of violence by the security forces and

all other parties. Whilst we recognize that the security forces have a

role to play in maintaining peace and order, we condemn the

disproportionate and excessive use of force by the security forces

against unarmed civilians that has been manifest over the last few

days.

We call for an independent transparent review of the whole electoral

process and its outcomes so as to resolve any differences between

contesting parties. This should include reviewing the results of the

election and all reported irregularities, especially those related to

the disparities in the tallying of the final results.

We call for a swift formation of an independent and credible Judicial

Commission of Enquiry by endorsing the call by the Electoral

Commissioners who have called for one.

We urge the international community to be patient pending the outcome

of such a proposed review process. As it is Kenyans who have to live

with the consequences of a Mwai Kibaki or Raila Odinga government, the

international community can only follow the recommendations of an

independent review before declaring the elections free and fair.

We call on those who wish to see a peaceful democratic Kenya,

especially in the African Union, to support initiatives that can bring

this crisis to a swift conclusion by facilitating dialogue and

reconciliation.

We are deeply concerned by the gagging of the media, especially as

this has only fueled suspicion and encouraged speculation in an

already highly volatile situation. Freedom of expression has been one

of our greatest democratic prizes won by Kenyans during the last few

years and we cannot afford to go backwards.

We call for an immediate and unconditional lifting of the reporting

ban so as to ensure that Kenyans are able to keep abreast of what is

happening. We commend the Kenyan press for the work they have done to

keep information flowing. It is precisely in the time of crisis that a

free and independent media is essential to ensure a democracy that is

based on information not speculation.

We urge the international media community to support the Kenyan press

during this time and continue promoting the right for a free and

independent press especially during such a period.

We call on all peace loving people to join us in calling for a swift

conclusion to the crisis so that Kenya can return to normality and

people can continue their lives without fear and anxiety.

Sincerely,

(Signature)

The Call for Urgent Resolution of Kenya Electoral Crisis Petition to

Leaders of PNU and ODM was created by Wangui wa Goro, Firoze Manji,

Mukoma wa Ngugi, Ronald Elly Wanda, King Omoga, Cenya Ciyendi and

written by Firoze Manji (firoze@fahamu.org). This petition is hosted

here at www.PetitionOnline.com as a public service. There is no

endorsement of this petition, express or implied, by Artifice, Inc. or

our sponsors. For technical support please use our simple Petition

Help form.

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2008.01.05

願いがかなった! 雨乞いの祈り

1月4日(金)

1月3日付けのヨルダン英字紙JordanTimesの地元面に興味深い記事が載った。
Jordanians to pray for rain on Fridayと題した記事は、タイトルそのまんまの
内容であるが、要するに今年は例年に比べて冬の雨季の降水量が少ないので
ダムの貯水量も少なく灌漑用や飲料水用の貯蔵に不安があるので、農作物の
生育にも支障が出ないように、翌日の金曜礼拝では雨が降るようにと一斉に
祈る計画があると言うものだ。

いかにも普段から降水量が少なく、水が貴重品である国ならではの風景である。
同じ記事によると、先週あたりから1月末までの期間が冬の期間で最も寒い
「40日間」に当たるのだそうだ。道理で寒いわけだ。
アンマンの気温では氷点下まではいかないが2度くらいまでは下がる。
日本の東京などと比べても気温としては高いが、建物の造りが全然違い、
日本ほど気密性が高くないので、暖房の効き具合が全く違い、体感温度と
しては日本よりも寒く感じる。

さて、果たして金曜日の天気はどうだったか?
(東京に住んでいる時は、例年、正月三が日の天気はいつも晴れのことが
 多いと感じていますが、今年の東京はどうだったでしょうか?)
今年のアンマンの三が日は雨こそ降らないものの、結構曇りがちの天気で、
自宅アパートから見ようとした初日の出も雲に隠れて見えない始末。


【元日:日の出の時間】

ところが4日目の金曜の午前は、東京の三が日を思わせる見事な晴れ模様。
それが夕方には祈りの効果があったのか、本当に雨が降り出した。

 
【1月4日:左が午前中、右が夕方の風景】

見事な雨降りに感謝!しかし、浮かれている話ばかりではない。

イラクはどうかとバグダードの友人に聞くと、イラクでは同様に雨降りの
祈りを先週行ったそうだが、雨はまだ降っていないと言う。
きょうのバグダードは天候も良く、家の中では暖房も必要ないとのこと。
雨が降って寒くなると暖房が必要になるので、水の心配を別にすれば、
バグダードの場合は天候が良い方がとりあえずはありがたいようだ。

確かにイラク国内の避難民は昨年で200万人の規模に達し、一部が元の生活
区域かその近郊に帰ったと言われているが、元の家に帰ることができて、
生活の立て直しのめどがすぐにつく人々の数は少ない。
また、国境でテントで避難民生活を送る人々もまだ少なくない。これらの
人々にはまだ冬の寒さがこたえる季節だ。冷たい雨はこれらの人々には過酷
なものになる。雨の恵みも欲しいが寒さも困る。避難民には厳しい冬がまだ続く。

ヨルダンにしても暖を取るための燃料代は年々値上がりをしているので、
やはり一般市民には暖房代の負担は懐に響くし、ましてその懐が乏しい
難民の人々にとっては寒い冬は厳しいものになる。

雨降りの祈りを掲載している記事と同じ日の紙面には、新年になって燃料代の
値上がりを懸念した駆け込み需要で年末に急増した燃料ガス(シリンダー)と
灯油の需要が一段落したとの記事も載っていた。

以上、私も安造りの自宅アパートの寒さに舌打ちをしつつ記す。

冷たい雨はまだ降っている。

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2008.01.04

気になるケニアの情勢

パキスタンもその後、予定されていた選挙の一時延期が決まったが、
その後の情勢に目が離せない。
今週になってさらに気になるのがケニアの情勢である。

ケニアの大統領選挙で現職の大統領が再選を果たしたものの、その
選挙の投票に不正があったとして対抗勢力がボイコット、大規模な
反対集会を予定していたところが、これを大統領側の勢力が弾圧した
ことが発火点となったというのが報道を見ての私の理解。
その後、この暴力が対立する勢力の殺し合いに発展していて、教会に
火をつけられて多数の死者が出るなどの事態になり、暴力を恐れて
多数の避難民が発生していると言う。

ケニアの事態を民族対立で説明しようとする説もあるようだが、私は
イラクの国内対立の説明でさんざん宗派対立や民族対立ということば
を聞かされて来て飽き飽きしているので、一見するとわかりやすい、
民族対立という説明を安易に信じることに警戒感を感じている。
民族の対立が先にあったのではなくて、民族を隠れみのにして、特定の
集団の利益に与する政治権力の争い、経済的な権益の対立の方が先に
なかったのかという疑問を感じる。

ケニア情勢はBBCも含めてこちらで見るTVニュースでは連日トップ
扱いになっているが、日本での報道ぶりはどうなのか気になる。
遠いアフリカの出来事で、直接的に日本と経済的な利害でつながって
いないと、なかなか大きなニュースになり難いという事情を想像して
しまう。

ちなみにアルジャジーラ英語版(私の記憶違いであったらBBCの
可能性もあり)が発表していた2007年に世界で最も報道された出来事の
トップはイラク情勢だった。日本でもおそらく海外ニュースに限れば
そのような構図だったのではないかと思うが、これが今年はどこまで
続くか保障の限りでない。

さて、ケニアと言うと、私はひとりの難民の女性のことを思い出す。
2003年の春に私は米国のIRC(International Rescue Committee)という
難民救援の活動をしている国際NGOのサンフランシスコ地域事務所に
お世話になってインターンをしていた。(本部はニューヨーク)

米国内の地域事務所の役割は、地域の市民とのつながりを深めて活動
資金を募ることと、世界各地で難民として認定されて、米国に滞在を
許可された難民の人々が無事に米国に到着した後に、相談を受けて
法的な手続き(滞在許可や市民権の取得)の手助けをしたり、経済的
な援助(職業訓練やあっせんも含む)を与えるなどして生活の手助け
をして、スムーズに地域社会に溶け込むことができるための支えになる
のが主な仕事である。

ある日、私はサンフランシスコからは湾岸の対岸にある、オークランド
市内の現場事務所で、海外から到着したばかりの難民インタビューに
立ち会う機会があった。この時にインタビューしたのがケニアから来た
ひとりの女性だった。年齢は確か20代か30代前半であったかと思う。
夫は民主化運動につながているとされて逮捕されてケニア国内で刑務所
に入っており、子どもはケニア国内の難民キャンプで自分の父母が世話
をしている。自分ひとりだけが難民として認定されてアメリカに来るこ
とができた。自分は教師をしていて、その教師の待遇も最悪だったので
改善のために声を上げたら政治的な活動であるとして弾圧された。
それで仕事を辞めて父母やこどもと一緒に難民キャンプに移ったが、
やはり自分の教師時代の活動をとがめられて逮捕されるなどの身の危険
があったので、これを理由に難民申請したところ、自分ひとりだけが
認められたのだと言う。

難民としてアメリカに来るまでの苦難と、まだ国内で投獄されている
夫を案じる姿には、心を動かされたが、何よりもこの女性が立派だと
思ったのは、こうしてひとりでアメリカに来て、まだ先の見通しが
不安でたまらないであろう段階でこう言ったことだ。
「私はここアメリカで一人でも何とか耐えて生活して行きたい。それで
 最低でも5年間を過ごすことができれば市民権を得る資格ができる。
 市民権が取れれば家族呼び寄せのプログラムにより、米国市民の近親
 者であるという理由で自分の父母や子どもを呼び寄せることができる。
 もしかしたらその間に夫も刑務所から出されて会うことができるかも
 知れない。最初はたったひとりでも、私ひとりがアメリカでがんばる
 ことが家族の希望なのです。なのでがんばらなくては!」

このケニア人女性のことばを聞いて、難民として、人間としての尊厳と
意志の強さに感銘を覚えたのを昨日のことのように覚えている。
このような人々が難民として国外に出てしまうのは、故国にとっては
大きな損失ではないか。しかしまだこのような人々が多数国内に残って
その国の将来を担うことができるならば、その国にはまだひと筋の希望
が残されている。

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2008.01.03

視点をどこに向けるかが問題

イラクの治安は最悪とみるのか、改善とみるのか。
年明けに相次いで報道されている数字をみると報道の仕方の差が興味深い。

(1)12月の死亡者は21人、2番目の低さとイラク駐留米軍
  (1月1日付けCNN)
   http://www.cnn.co.jp/usa/CNN200801010011.html

(2)昨年の米兵死者、過去最悪 イラク、計899
  (1月2日付け共同通信)
   http://topics.kyodo.co.jp/feature40/archives/2008/01/post_369.html

いずれも米兵の死者数について述べているのだが、どちらの報道を見るかで
イラク情勢の印象がまるで違ったものになるのではないか?
普段から丹念に報道をチェックしている人はそう多くないと思うので、先に
どちらの報道を見るかで印象が決まるのではないだろうか。

良く見ると(1)は駐留米軍の発表で一番最近の12月の数字、(2)は通信社の
ワシントン発の情報が元になっていて、特に前半が最悪だった2007年の通年の
数字であるので、ある意味どちらも正しく、横並びで比較するものではないの
だが、タイトルの付け方と言い、眼のつけどころの違いが非常に興味深い。

私自身は2007年は確かに最悪だったと言えるが、2008年の展望を聞かれると
判断に迷うところがある。イラクの友人に聞いても人によってそれぞれ言う
ことが異なるので何とも言えない。

しかし、昨年までは、先の見通しについて楽観的な言葉が聞かれることは
ほとんど無かったので、少なくとも数名からは楽観的な見通しが語られる
ようになったのは良い兆候であるかもしれない。

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2008.01.02

新年を迎えたイラクとヨルダン

「あけましておめでとうございます。」

慣例によってこう書いても、あまのじゃくな私にはしっくり来ない。
特にイラクに関わってしまっていると、ここ数年来、おめでとうのことばを
言うのが憚れるほどの思いがしてしまう。

さて、大晦日はよりによってこの日に自宅の調理用ガスボンベのガスが切れ、
自炊ができなくなったので旧市街に出かけて夕食を取る。
レストランでスープが無いかと尋ねると、スパゲティスープならあると言う
ので注文すると、アラブ式のぼそぼその細麺が入ったスープが出てきた。
負け惜しみにこれを年越しソバに見立てて食べる。


【大みそかのアンマン旧市街、キングフセインモスク。
 日本のような年越しの初詣の習慣はなく、閑散としている。】

もっと若者であれば、年越しに繁華街に繰り出して大騒ぎをするのだが、
私の年齢層のヨルダンの友人は、大晦日の晩は、皆さん自宅で過ごすと
いうので振られてしまい、アンマン市内の自宅アパートで年越しを迎える。

イラクとヨルダンは時差マイナス1時間なので、まずはヨルダン時間23時に
イラクの年越しを迎える。ヨルダンのTV局は年越しの飾り付けと買い物で
賑わうバグダッドの様子を映していた。これを見る限りでは日本の年の瀬と
そう変わらないように見える。イラクの国営TV局のアル・イラキーヤも
歌謡ショーに引き続き、年越しの瞬間はカウントダウンを行いひとしきり
騒いでいた。この辺りも結構ほかの国々とそう大きくは変わらないように
見える。

さて、1時間後、今度はいよいよヨルダンの年越しの番になる。ヨルダンの
国営TV局はタレントのゲストが出演して、この1年のお気に入りのスポーツ
選手や歌手のランキング付けの番組をやっている。これまた日本のTV局と
変わらない風景だ。

いざ年越しを迎える段になって、外が騒がしい。近くのホテルが音楽を鳴らし、
街中ではあちこちで花火を打ち上げている。ヨルダンでは祝砲で実弾を撃つのは
規制されているはずだが、花火の打ち上げには日本ほど規制が厳しくないので、
普段からお祝いごとがあると平気で普通の人が大型の花火を打ち上げているが、
この晩はさすがに同時多発であちこちでやっていて盛大なものになった。


【年越しの花火、ヨルダン、アンマン旧市街】

1日になってから、イラクの年越しの模様を伝える写真がバグダードの友人から
届いたのでそれを紹介する。イラクでは実弾での祝砲撃ちが行われ、1日の午前
3時近くまで新年のお祝いパーティで賑わったという。

  

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2008.01.01

イラク人ジャーナリストからの新年のあいさつ

【写真:日本式に言えば「謹賀新年」
 12月29日シリア、ダマスカス中心部で撮影】


大晦日

TVニュースでは早くも年明けを祝うニュージーランドやオーストラリアの
花火の模様を写し。BBCは世界各地の担当記者の座談会で来年を展望して
いる。ヨルダンでは五つ星ホテルでの有名歌手の年越しライブのポスターを
見かける位であまり年末という感じがしていなかったが、TVの画面を見て
年越しを感じる。
ちなみにイラク国営のイラキーヤTVは何を映しているかというと、午後に
は議会の中継をしていたと思ったら、夕方の先ほどからは女性キャスターが
クリスマスツリーを囲んで視聴者参加の年越し番組をやっている。
このような風景だけを見ていると、何やら日本のTV番組とそう変わらない
ように見える。しかし画面の中と外の現実とは違うことに気をつけなくては
ならない。

Committee to Protect Journalistsによると、2003年3月以降イラクで殺された
ジャーナリストは125名に及び、うちイラク人は103名だという。
http://www.cpj.org/Briefings/Iraq/Iraq_danger.html
(12月31日ヨルダン時間18時台の同サイトへのアクセス時点)

ちょうど日本時間で年越しになる時間帯を前にして、知り合いのイラク人の
ジャーナリストから、ジャーナリストの同僚に宛てた新年のあいさつメール
が届いた。本人の了解を取ったので、このメールを紹介して、私からの新年
のあいさつに代えさせてもらいます。

(英語の原文)
A Message from Iraqi Journalists to Colleagues;

To our colleagues who are celebrating a new year. Those who are with
their families and others who are far from home on line of duty.
Remember our country and remember us while enjoying your moments.
If you ever do a prayer, then remember us with a few words. Remember
Iraqis who are threatened at home and those who fled for safety.

May you have a new year full of happiness for you and your families.

Maki Al Nazzal

For Iraqi Journalists.

*Please pass to all colleagues


(はらぶん訳の日本語)
イラク人ジャーナリストより同僚のジャーナリストへのメッセージ

新年をお祝い中の同僚たちへ。家族と共にいるみなさん、そして、仕事に
携わり、家庭から遠く離れているみなさんへも。新年のこの時を楽しみ
ながらも、わたしたちの国イラクと私たちイラク人を思い出してください。
祈りを持つときには、わたしたちをいくつかの祈りのことばと共に思い出
してください。家にいて脅されていたり、安全を求めて家を去っている
イラク人のことを思い出してください。

みなさまがご自身とご家族のために幸福で満たされた新年を迎えられます
ように。

マキ アル・ナザール

イラク人ジャーナリストを代表して

*これを皆さんのすべてのご同僚に回覧してください。

(訳注)
 文中のRememberということばを「憶えていてください」と訳すか、
 「思い出してください」と訳すか、または「忘れないでいてください」
 と訳すか、しばし悩みましたが、無難に「思い出してください」と訳し
 ました。
 私は個人的には、「忘れないでいてください」という叫びのようにも
 聞こえているのですが、読者の皆さんにはどのように感じられますか。

【補足(2008年1月2日)】
本日付け(1月2日)のAswat Al-Iraq (Voice of Iraq)の英語版ウェブの報道
によると、IJRDA(Iraqi Journalists' Rights Defending Association)の発表では、
2007年にイラクで殺害されたジャーナリストや報道関係者は54名とされて
います。
http://66.111.34.180/look/english/article.tpl?IdLanguage
=1&IdPublication=4&NrArticle=64790&NrIssue=2&NrSection=1

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