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2007.08.11

改めてのご挨拶

これまでの活動でご縁のありました皆様方へ

ヨルダンの首都アンマンより原文次郎です。

今回は8月7日に日本を発ち、この8日より約3ヶ月ほど
のヨルダン(およびシリア)滞在を予定しております。

この間の短期的な形にはなりますが、新たな形での
イラク支援への関わりになりますので、改めてのご
挨拶とさせていただきます。

イラク支援には2003年7月より国際協力NGO、日本
国際ボランティアセンター(JVC)のイラク現地調整員
として関わりを始め、翌年の2004年の4月までの間に
バグダッドを中心として現地での主に医療支援活動の
調整に携わっておりました。

その後、現地の治安情勢の悪化に伴い、拠点を隣国の
ヨルダンに移しながらも、イラク国内の医師や協力者の
助けを得て、支援活動を継続して参りました。
また、日本国内でも他のNGOとのネットワーク作りに
協力をさせていただき、日本イラク医療支援ネットワーク
(JIM-NET)として、小児ガンや白血病に苦しむイラクの
子どもたちの命を救うための活動が広がっています。
(現在、JIM-NETの招聘でバスラの病院で院内学級を
 行っている教師のイブラヒームさんが来日中です。
 詳しくはJIM-NETのHPをご覧ください。)

その後、昨年2006年の12月を持ちまして、JVCイラク
担当の契約を終え、有給専従での任期を終えましたが、
その後も本年2-3月、5-7月の2回に渡るヨルダン滞
在で、ボランティアとして情報提供などの活動をさせて
頂いておりました。

今回は新たに国際協力銀行(JBIC)の外部専門家(保健
セクターの専門調査員)として、現地事務所での契約に
より、8月より12月までの短期の仕事を頂くこととなりました。

肩書きの通り、イラクの保健・医療分野における支援ニーズ
を調査し、支援の実行可能性を見極めることが主な仕事に
なる予定です。
その際に、既存の支援方式に拘らず、緊急支援ニーズも
考慮し、多様な支援方式を検討する自由度も与えられて
おりますので、この視点から、いささかでも現地の支援に
貢献することが出来れば幸いと思います。

一時的にせよ、肩書きの上ではこれまでのNGO担当者
とは異なる立場となりますが、原個人としては、長い目で
イラクの人々のために役立てることを願っておりますので、
引き続き皆様のご支援、ご協力を頂きたく、よろしくお願い
申し上げます。

原 文次郎
外部専門調査員(イラク保健医療分野)
国際協力銀行(JBIC)
アンマン駐在員事務所
E-mail: bunhara@gmail.com
Mobile: +962-(0)79-575-7709

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バグダッドは3日の車両通行禁止令

10日夜、バグダッドと連絡を取る。
アンマンに到着して初めての連絡だ。

水曜から金曜までの3日間、バグダッドは車両通行禁止
だったとのこと。
シーア派の巡礼の期間で、この間の混乱を恐れて政府が
禁止令を出したのだと言う。

最初は水曜の夜からの予定だったのに、いきなり水曜の
朝から禁止にするものだから、日用品や食糧の買いだめの
予定が立たずに困ったとこぼしていた。

2005年のこの季節に、チグリス河の橋の上で巡礼の列が
将棋倒しになり、多数の死傷者が出た。
昨年も、民兵の狙撃兵による撃ち合いにより混乱が起きた。
それに比べれば今年は穏やかだったと、この話を伝えて
くれた知人は言った。

それでも今年は電力不足が激しく、おかげで冷房のための
送電はおろか、浄水ポンプ、送水ポンプが動かないので、
バグダッドの水事情は最悪だと言う。

日本でも夏の盛りだが、イラクももちろん夏の盛りで、日中は
50℃を越える。そのような暑い中、じっと耐えているという。

車両通行止めの中でも、巡礼者のために水や食べ物を
工面して来て捧げる人々の姿が見られたとか、車が通らない
から、空いた道路で若者がサッカーの試合に興じている
(しかし暑くてすぐ疲れてしまうので、交代が激しいとか)
などと、精一杯明るいニュースを選んで伝えてくれるその
知人の声も心なしか疲れているように聞こえた。

その金曜日...ニューヨークでは国連の安全保障理事会が
イラクにおける国連の役割の拡大を決議したと伝えられる。

活動期限の延長のみならず、権限の拡大をも含んでいる
様だが、米国の占領政策に引き続く失敗のつけを国連に
負わせるのではないかと心配になる。

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アンマン到着

8月8日の夜8時半にアンマン国際空港に到着。

当初の予定到着時刻が午後2時半なので、6時間の遅れに
なり、さすがに疲れる。

ヨルダンの入国審査は毎度緊張するが、今回は質問もなし、
入国審査官と一言もことばを交わす間もなく、あっさりと入国
スタンプが押される。その間、一分もかからなかったと思う。

昨今はイラク人のヨルダン入国が大きな壁なのだ。
多くのイラク人が入国拒否に会い、苦労をしていることを
聞いているので、自分がこのように簡単に入国できてしまう
ことに、申し訳なさを感じる。

その後、10日の夜に日本の知人からのメールで、
知り合いのイラク人の
兄弟姉妹の中で、ヨルダンの入国拒否により、
妻子がヨルダン、夫がイラクに別れ別れに暮らす
ことを余儀なくされていたその家族の、イラクに
残っていた旦那さんの方が、爆破に巻き込まれて
亡くなったとの報を聞く。

奥さんはヨルダンで出産したので、お父さんは
まだ赤ん坊の、二人目のお子さんの顔を一度も
見る機会がなく、亡くなってしまったのだという。

あの家族が越えようとした国境は、陸路だったろうか、
空路だったろうか、空路であれば、あの入国カウンター
だったのだろうと、頭の中を想いが渦巻く。

私に何ができたと言うわけではなく、ただ申し訳なさを
感じる。

空港からアンマン市内のバスターミナルまでは30分ほど。
しかしバスの待ち時間が長く、結局1時間かかる。
アンマン市内に着いてみると、見慣れないバスターミナルだ。
7月から市内の交通渋滞解消のためにターミナルが移動したのを
忘れていた。

そこからタクシーに乗り換えるのだが、深夜の時間帯の到着と
あって、値段を吹っかけてくるタクシードライバーも強気だ。
普段なら1.5JDで済むところが7JDだと言う。
こちらも疲れもあって、長く交渉する根性がなく、5JDで折り合う。

翌日のヨルダンタイムズ紙(現地の英字新聞)を見たら、
ヨルダン市の交通局が、態度の悪いタクシードライバーの
撲滅キャンペーンを始めたという記事が出ていた。

それでいてこれだから、悪い冗談だ。

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2007.08.08

今回の中東往復は遠いのです(2)

さて、やっと今回のヨルダン行きの話である。

<ヨルダン行きの便(今回)>

成田=香港=バハレーン=アンマン

8月7日の朝に自宅を出て、成田から香港行きに乗る。
さすがに今回は順調。
香港で1時間待ちの後にバハレーン行きに乗り継ぐ。
これも順調。順調過ぎる。
エコノミー席が満席だった様で、ビジネスクラスの席に
案内される。
8時間に及ぶ長距離のフライトなので、ビジネスクラスが
使えるのは随分助かった。

最後のバハレーン=アンマン間のフライトは、予定された
スケジュールでは7日中の乗り継ぎがないので、あらかじめ
航空会社の負担でホテルが用意されていた。
これによりバハレーン1泊になる。

しかし、良いことはやはり長くは続かない。

明けて8日。時間通り出発時間2時間前にはチェックイン。
しかし、その時点で出発が2時間遅れと告げられる。
バハレーン発11:55でアンマン着14:30なので、
フライトの所要時間は2時間半ほどである。

それが出発時点で2時間遅れで13:55だと言う。
しかしこれで終わらない。

11:55の予定が13:55の後、16:50になり、更に17:35になる。
これで5時間半の遅れだ。
遅れの理由はOpearational Reasonとのアナウンスだが、それ以上は
わからない。

しかし、まだ搭乗するまで時間があるので気が抜けない。

さて、最終的にいつ出発できるだろうか?

バハレーン国際空港にて
(現地時間16:46、日本時間22:46)

Delay_2


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今回の中東往復は遠いのです(1)

8月7日の朝に日本を発ち機上の人となる。
予定では既にアンマンに着いている時間帯なのだが、
まだ乗り継ぎ地のバハレーンの国際空港でこのような
記事を書いていたりする。

今回の中東往復は本当に長い道のりになっている。

ケチのつき始めは7月4日アンマン発の日本への帰国便の
最初のフライトからだ。

<日本への帰国便(前回)>
アンマン=バハレーン=香港=成田

最初のガルフ航空、アンマン=バハレーン間の便の出発が
3時間近くも遅れた。 理由は機材トラブル.
おかげで搭乗前にまず3時間余計に待つ。
さすがにこれだけ待つと、次の乗り継ぎに支障が出る。

バハレーン=香港のフライトに間に合わないので、
バハレーンからはバンコクに飛ぶようにと、代わりのチケットを
アンマンで搭乗前に渡される。

そうなれば、バンコクから先のつなぎも航空会社が手配して
くれているものと考えるのが日本の感覚では常識だろう。
しかし、そう考えていた私の方が甘かった。
そこはどっこい中東である。日本の常識は全く通用しない
のであった。

バンコクで航空会社のカウンターに行って掛け合うが、
バンコクから先の手配は何も考えられていなかった。
カウンターの係員を責めてもらちが明かない。
元のフライトの遅れはバンコクの自分のところの責任では
ないので、先のフライトの手配についても、自分のところの
義務ではなく、乗客に言われたから仕方なくやると言う姿勢。
これでは取り付くしまもない。
それでも何とかバンコク=香港間のフライトが手配された。
手配してくれたのは、今回のトラブルには全く関係のない
エミレーツ航空。ここの係員の対応がいくぶん親切だったのが
救いだった。
しかし、乗り継ぎの際に規定で液体を手荷物で持ち込むことが
禁止とされ、アンマンでわざわざ免税店で買ったアラク(ヨルダン
の酒)をバンコクに置いて行くことになったのが痛い。
アンマンの空港内の免税店で買い、バンコクまでのフライトには
機内持ち込みに一切支障がなかったと言ってもだめ。
弱り目にたたり目とはこのことか。

ようやく香港に着くが、既に夕方で、予定していた香港=成田発の
フライトはおろか、その日の日本行きのフライトは既に終わっていて、
香港に1泊するしかないと係員に告げられた。
だからと言ってその係員がホテルまでの交通や宿泊の手配をして
くれる訳ではない。
ガルフ航空の係員は香港国際空港には常駐しておらず、市内に
ある航空会社の事務所も既にその日の営業時間は終わっている
ので、クレーム対応はできないとのこと!
香港=成田間のキャセイ航空も何かしてくれる訳ではない。
唯一してくれたのは、乗れなかったフライトの代わりに翌日の
朝のフライトの予約を取り直してくれたことだけ。
もし満席で予約が取れなかったらどういうことになっていたのだろうか。

しょうがないので、自分でその日の香港の宿泊手配をやった。
ここまで来ると、もう航空会社のサービスは当てにできないと
腹をくくる。
しかし、余計な費用まで自分持ちとなるのは我慢できない。
旅行保険に入っているので、保険会社の代理店に電話した。
しかし、この保険会社も私に代わってホテルの手配などの
面倒を見てくれる訳ではない。
今回は医療サービスを必要とする問題ではないので、
自分で対応できているが、自分の体調に関わる問題の場合、
どこまでこれらの会社がサポートしてくれるのか、不安になった。

翌日のフライトでようやく成田に着く。
途中でどこへ行くことになるのか、いつ日本に帰ることができるのか
分からなくなり、いわばミステリーツアー状態になり、非常に不安
だった。
最後は、どうせ地球の上だし、全く逆の方向に飛んでいる訳ではないと
自分に言い聞かせて開き直りの境地だった。

結局、アンマン=成田間は42時間を越えた。

(帰国便の話だけで字数を使ってしまったので、今回の話は項目を改めます)


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2007.08.01

【催し案内】8月5日大阪にてイラクのお話し

8月5日に大阪でイラクの話をさせていただくことになりましたので
ご案内します。
難民を救うことももちろん緊急的には大事なのですが、
難民を生み出す世界を作らないことがより大切です。

転送・転載大歓迎
・・・・・・・・・・・・・
第二回 フレンズ オブ マーシー・ハンズ、セミナー
「 難民・国内避難民の増加から考えるイラク社会の現在 」

◆ 講 師 清末 愛砂 さん + トーク 原 文次郎 さん ◆

日 時 ■  2007 年 8 月 5 日 (日) 
      14:00-17:00
場 所 ■  高槻市立総合市民交流センター 第一会議室にて
      JR高槻駅南側中央改札口徒歩1分・阪急高槻市駅徒歩10分
資料代■  700円(低収入者500円)

 2005年以降の急速な治安の悪化を受け、イラク社会は大量の難民と
国内避難民を生み出しました。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)
によると、2007年4月の段階でその数は400万人にものぼると推定さ
れています。
 アントニオ・グレーテス国連難民高等弁務官は、現在のイラク社会
が直面している難民・国内避難民化を、1948年のパレスチナ難民の
発生以来、中東地域で最も大規模の「人の移動」であると指摘しま
した。
 2003年のイラク戦争がイラクに「民主化」をもたらすためであった
のだとすれば、イラクの人々はなぜ、住み慣れた故郷を出て、避難
先を見つけなければならないのでしょうか。
 今回のセミナーでは、難民と国内避難民の問題に着目しながら、イ
ラク戦争とその後の占領がもたらした「人道危機」について考えて
みたいと思います。
 多くの皆さまのご参加をお待ちしています。

講師の簡単なプロフィール
清末愛砂さん◆大阪大学大学院国際公共政策研究科教員
原文次郎さん◆前JVC(日本国際ボランティアセンター)イラク担当

連絡先mail:iraqimd2006@yahoo.co.jp
主催: フレンズ オブ マーシー・ハンズ

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