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2005.07.26

「ほっとけない」か「ほっとけ」か

WBD

このBlogをごらんになるみなさんは
「ほっとけない世界のまずしさキャンペーン」のこと、あるいは
ホワイトバンドのことはご存知の方が多いと思います。
世界では3秒に一人の割合で、貧困のせいで子どもたちが命を
落としています。
このことを知ってもらう、そして貧困をなくすためにこれから私たちが
何が出来るのだろうかを考える、そのためのキャンペーンです。
そのための意思表示の道具として象徴的に使われるのが
ホワイトバンドですが、ともすると、これを買うこと、手に入れることが
チャリティだと誤解されがちなのが残念です。
売られているものでなくても、手作りでも何でも良いので、
意思表示をしてみませんか。

それと、貧困をなくすにはいろんな方法が考えられること、
援助の額を増やすことだけではなくて、質も考えなくては
いけないことにも考えを及ぼす必要があります。
「ほっとけない」問題ではありますが、時にはやってはいけない
援助をする位なら「ほっとけ」という方がまだましという場合も
なくはないのです。
豊かな先進国から貧しい後進国に対して施しとして「与える」
援助ではなくて、実は豊かな国が貧しい国の人々を踏み台に
しているかもしれないこと(構造的暴力の問題)に気づくことも
必要かもしれません。
相手の足を踏みつけにしていることに気づかずに微笑んで
見せてもだめで、踏みつけられた足の痛さを知り、ちょと
その足をどかして欲しいという相手の願いに気づくことだと
言い換えても良いかもしれません。

特効薬があるわけではないと思いますが、私も考えて
行きたいと思います。

(トップの写真はホワイトバンドと、愛知万博のイエメン館で
アラビア語で挨拶をして話しかけてもらった腕輪。
イエメンもアラブ諸国の中では貧しい国です。
でも、とびっきりの笑顔でこれを渡してくれたサミールさんに
感謝。また一段とアラブ諸国が好きになりました。)

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2005.07.25

愛知万博に想う(天邪鬼な自分)

Minus400

この週末は、急に思い立って愛知万博を見に行った。
土曜に切符を買いに行き、窓口に居るその時に、折しも
東京を襲った震度5の地震に遭遇した。おかげでその後に
出かける足を奪われて幸先が良くないと思ったのだが、
実際に万博に足を運んでみてそんな思いが的中して
しまった。
(確かに昔から名古屋方面は私にとっては訳ありの
ところなのだ。これについてはいつか別に書きたい。)

そんなら最初から行くべきでないと言われそうだが、
私の感想をひとことで言うとこうだ。

「自然との共生」を謳いながら、自然を消費の対象と
していること、参加者もまるで遊園地の様にそれを
楽しむ事に慣らされている。

実際にそこにある愛知の自然(これ自体がもう既に
一度 破壊された後の再生であることが、ある展示から
気づかされたのだが)と親しむ展示が余りにも少ない
のだ。
森の観察会などの催しもあるが、これには整理券が
必要で、事前に情報を仕入れるなどして早めに整理券を
手に入れていないと気軽にその日に来てその場で
楽しむという訳には行かないのだ。
確かに、多数の人間がそこに来て楽しむということを
想定すれば、環境保全のためにも入場制限や整理券
など何らかの規制が必要なのは確かなので、多数の
人間のひとりとして、いつでも楽しみたいなどと言う
ことが、そもそも本来の環境保護の趣旨になじまない
のかも知れない。

それにしても、一方で、人気のある催し(と言うより
ほとんど遊園地のアトラクションに近い状態なのだが)
になるほど、この整理券方式が徹底しているというのも
また事実であったりする。

そんなに文句があるならわざわざ来ることもないだろう
という影の声を聞きつつ、あまのじゃくな私は、
徹底して整理券なしの各国の展示をはしごした。
重点的に行った先がアフリカ各国や、中東各国、
東南アジアでも主にインドシナの諸国であったりした
ところが、どうも仕事から抜け出せない性分の結果だ。

そしてやはり最後に行き着く先はヨルダン館であったり
する。
(ちなみにサウジやエジプト、イランからの出展は
あるものの、イラクからの出展はない。)

ヨルダン館では、タンカーで死海の水を日本まで
運ぶという大技を駆使して、@マイナス400(海抜下
400mは死海の高度)というコンセプトで塩水での
浮遊体験を演出している。
ここで働いている「アラブの子どもとなかよくする
会」の西村さんとも旧交を温めて来たが、地元の
放送局のアンケート調査で、アメリカ、韓国と並んで、
人気の外国館の堂々第3位にヨルダン館が入った
と言う。さすがのヨルダンだ。とここで少し気分を直す。

Minus402

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2005.07.23

今週の2本の電話

今週は思いがけないところからの電話が2本あった。
ひとつは仕事先の事務所に、そうしてもうひとつは
携帯電話に。
いずれも難民申請者でありながら日本政府に
難民として認めていない人々からだ。

以前のBlogでも書いた(7月8日付け「地獄へようこそ
~現代日本の強制収容所~」)
東日本入国管理センター
(茨城県牛久市)で収容中のところを面会に行ったふたりだ。
うちひとりのスリランカ人のAさんは、先週になって、
条件付きながら仮放免ということで収容生活から
開放されたので、喜びの連絡だった。
こういう連絡をもらうと自然にこちらも嬉しくなってしまう。

一方で、事務所に電話をくれたスーダン人のBさんは、
まだ収容中のセンターの中からかけて来た電話だった。
私はBさんのことは収容中のAさんから聞いて知った
ので、恐らくお互い知っている仲であれば、Bさんは
自分が収容中の一方で、Aさんが放免されたことを
知っているはずだ。
しかし、そんなことも、そして、自分を出して
欲しいという話も一言も彼は話さなかった。
電話の用件は、スーダンで仕事をする事があれば
知り合いを紹介するからという話だった。
ダルフール地方への緊急救援を手始めに、JVCが
スーダンへの人道支援を開始したことを踏まえての
話でもある。
彼の話がどこで役立つかはまだ見当がつかないが、
そんな事より、それを理由にして面会に来て欲しい
という本当の理由をどこまでも言わずに話しを続ける
姿勢には、逆に胸を打たれて、言葉が続かなく
なってしまった。

とにかく自分の存在を忘れて欲しくない。その様に
訴えているのだ。
これと似たようなケースを思い出す。イラク/ヨルダン
国境で、世界から忘れられた存在になりかけている
イラクからの難民(主にイラン系クルド人)のことだ。
私がアンマンに居る間には彼らからの電話を取る
機会が多く、そのたびに返す言葉に困った。

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2005.07.17

にがい涙の大地から

Kanasan1

15日に松本に余計に一泊して、翌日にJIM-NETでお世話になって
いるJCF(日本チェルノブイリ連帯基金)も関わっている“戦後60年を
問う会・まつもと”主催の映画上映会に参加して来ました。

上映されたのは、海南友子監督の「にがい涙の大地から」でした。
インドネシアの元従軍慰安婦を扱った前作の「マルディエム・彼女の
人生に起きたこと」も見たいと思っていたのですが、その作品も
含めて海南さんの作品を見るのはこれが初めて。
海南さんとは、監督というより、9-11以降の平和運動の高まりの
中で出会い、活動の中でChance!および現在のChance!Pono2を
通しての仲間のような関係なので、改まって出会うのもちょっと
気恥ずかしい感じがありましたが、会ってみると以前と変わらない
調子で安心しました。

さて、今回の作品も前から見たいと思っていたので、これでやっと
見られると楽しみにしていましたが、期待通りの出来でした。
作品のテーマは旧日本軍が対中国戦争から撤退する際に遺棄した
毒ガス弾やその他の爆発物によって終戦後60の今に至るまで
現在の問題として続いている被害者の話しでした。

改めて私にとって衝撃的だったのは、この問題の構図がベトナム
戦争で米軍の使った枯葉剤の問題にも、そして、私が現在関わって
いるイラクでの劣化ウラン弾やクラスター爆弾など非人道兵器の
使用にも全く同じ構図があって、これらの兵器を使われた側
のみならず、使った側にも被害者が居て、しかし、使わせた側は
最終的な責任を回避していることです。
そして兵器を使った側の被害者には多少の保障があるにしても、
使われた側には被害の保障が全くと言って良いほど行われて
いないという共通する図式でした。

中国で加害者になった日本は、直接的ではないにせよ、今は
イラクで加害者の側に立っているということ、それを忘れては
いけないと改めて気づかされました。

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2005.07.16

松本での報告会(JIM-NET主催)

14日は長野県松本市で開かれたJIM-NET主催での
「イラクレポート」報告会にて井下医師の報告にご一緒させて
頂きました。
12日夕方帰国の後、13日東京、14日松本と”地獄の日程”を
精力的にこなされた井下先生には脱帽です。

松本には自費でもう1泊することにして、打ち合わせを終えた
15日の夕方からは安曇野を散策して来ました。
ここは、学生時代に自転車旅行で訪れて以来、お気に入りの
地です。
水と緑の豊かな町の様子を見てなぜかほっとしました。
しかし、水と緑と言えば、今は紛争地の代名詞の様に呼ばれて
しまうイラクのファルージャやラマディなどの地域もユーフラテス河
の流域で、実は結構緑が豊かであったりしたのです。

報告会では時間が短く、そんな普段着のイラクの様子を十分に
伝えることができませんでしたが、又の機会にぜひご紹介
できればと思っています。

水と言えば首都バグダッドでも給水システムが破壊された
後の復旧の遅れで、今が水の供給では最悪との話も伝え
聞いています。
そんな話が頭の片隅に残っていると、安曇野の風景も心なしか
霧に煙って見えました。

Azumino


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2005.07.14

東京での報告会(ありがとうございました)

R0014880_edited

13日夜の東京での「イラク医療支援報告会」においで下さいました
皆様へ、どうもありがとうございました。
私自身、前日の12日に帰国したばかりのJIM-NET医療調整員の
井下医師の話を伺うのを楽しみにしていました。
14日は再びこの2名で長野県松本市での講演です。
お近くの方々はよろしくお願いします。


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2005.07.12

2005イラクレポート(松本でも報告会)

今晩、アンマンからJIM-NET医療調整員の井下医師が
帰国し、明日13日19時から東京・中野ゼロにてJVC主催の
イラク医療支援報告会を行います。
(詳しくは7月7日付けBlogを参照ください)

翌日には長野県、松本市でもJIM-NET主催で「2005
イラクレポート」と題して報告会を行いますので、
お近くの方はお越しください。


*************************
        2005イラクレポート (松本)
*************************

2003年のイラク戦争開始から2年が経ちます。イラクに暮らす
人たちの様子はどうなっているのでしょうか? 
劣化ウラン弾の被害やイラクの医療は今どうなっているの
でしょうか? 
NGOをはじめとしてイラクに行われている支援はどのように
進んでいるのでしょうか? そこで最近の様子を知るために、
〈2005イラクレポート〉と題して、報告会を開きます。
集会では、イラク隣国でJIM-NETヨルダン医療コーディネーター
をしている医師、井下俊さんが現地からの報告と、先月6月に
ベルギーのブリュッセルで行われたウラン兵器禁止を求める
国際連合(*ICBUW) の総会の様子とICBUWにおける
JIM-NETの役割などを報告します。
(*ICBUW=International Coalition to Ban Uranium Weapons)
帰国直後であり、貴重な映像を含む生の報告を聞くことの
できる機会です。
当日はさらに、日本国際ボランティアセンター職員で、
アンマン事務所で活動中の原文次郎さんからも報告を
予定しています。是非お集まりください。

日時 2005年7月14日(木) 19:00から 
会場 松本市中央公民館 (エムウィング) 4-4にて
参加費 500円

■主催:日本イラク医療支援ネットワーク(JIM-NET)
■共催:日本チェルノブイリ連帯基金(JCF)
■お問い合わせ 0263-46-4218(JCF)
           /090-4152-8307(小森)

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2005.07.10

家族をバラバラにしないで!たなばたキャンペーン

TanabataA

今週の私は日本の難民支援に関わる活動が多くなりました。
締めくくりは9日に渋谷で開かれた「たなばたキャンペーン」
参加しました。
http://www.geocities.jp/tanabata_tanzaku/

雨降りが心配される中、出かけようとしていると携帯電話が鳴り、
見慣れない番号が…。電話を取ると、昨日牛久の入管収容施設で
面会したばかりのイラン人のAさんからの電話でした。
入管の中からの電話も時間の制限があったりしてなかなか自由に
ならないのですが、そんな中でも電話して来たのは、催しに集まる
皆さんによろしくとのメッセージを伝えたいという思いからです。
これはつまり、収容されている難民のことを忘れて欲しくないという
メッセージでもありました。

ヨルダンでもイラク/ヨルダン国境の無人地帯に留まっている
難民から毎日の様に電話やメールを受け取っていましたから、
この「忘れて欲しくない」という切実な思いは良くわかるのです。

たなばたキャンペーンでは、1435枚(日本の一日当たりの
平均収容者数)の短冊に願いを書いて、収容されている
外国人への応援メッセージを送り、渋谷の街頭を歩いて
アピールを行いました。
雨の中を200人近くの人々が集まり、その中にはかつて
収容の経験がある難民や難民認定を申請中の人々の姿も
多くありました。
帰りがけにそんな中の何人かと飲みに行き、普段着の
付き合いからお互いの理解を深める大切さを思い出した夕べ
でした。

TanabataB

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2005.07.09

元難民の経営するお店(神田カブール食堂)

K-KABUL

牛久の入国管理センターからの帰りは都内で、
アフガニスタン人で元難民申請者のユノスさんが
経営するアフガン料理店
”神田カブール食堂”に足を向けた。
ここは食を通してアフガニスタンの文化を知って
もらうと同時に難民の状況も知ってもらいたい
という趣旨で、難民支援の関係者も手伝って
2003年に開店したお店で、実は私も出資者の
ひとりになっている。

普段は日本にいないので、私もここに足を向けるのは実に
1年振りで、冗談でなく半ば本気で、店がなくなっていないか
と心配しながらの訪問となった。
なくなるどころかそこそこの繁盛ぶりでほっとする。
やはりこうして難民の人々が日本社会の中に居場所を
見つけているのを見ると安心する。昼間見た収容所の
世界も現実ながら、こうして日本の社会の中で何とか
生きている難民の人々もいるのも現実だ。
より多くの人々が日本の社会の中で安心して暮らせる
居場所を見つけられる様にしなくてはならない。

AF-F
<ナンとキーマカレー+乳酒>

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地獄へようこそ~現代日本の強制収容所~

Ushiku

今の日本に強制収容所があるなどと言っても信じられないと
お思いの方も少なくないと思いますが、強制退去処分を受けた
外国人を収容する施設(出入国管理センター)があります。
そこでは、難民であるとして日本で保護を求めている人々
(庇護希望者)も収容されています。
強制退去が前提の収容ではありますが、元々帰るに帰れない
事情がある人々であるだけに、帰るめどが立たずに事実上無期限に
収容が長期化して苦しんでいる人々もいます。

私は普段は海外の国々で難民と接する様な仕事をしていますが、
難民問題は海外の問題ではなくて、日本の中にもそういう人々が
いるというのだということをもっと多くの人々に知って欲しいと
思っています。

収容によって家族が引き離されてしまった人々の問題をアピール
する機会として、9日には東京・渋谷(宮下公園16:00-)にて 
~家族をバラバラにしないで!たなばたキャンペーン~が開催され
ますのでご注目ください。
http://www.geocities.jp/tanabata_tanzaku/

さて、6日と8日の2回に渡って、私は茨城県牛久市にある
東日本入国管理センターを訪問して、”入国者収容所”
(実際にこのように受付票にも書いてある)に収容されている
庇護希望者(難民認定を申請中の、保護を希望している人々)に
面会して来ました。
ひとくちに出かけると行っても、常磐線の牛久は上野から
1時間ほどかかり、更にセンターは駅からタクシーで20分近く
かかり(バスの本数は少ない)、都内から出かけると
ほぼ一日がかりになります。

しかし、そうやって来て貰うのも申し訳ないと収容されている
皆さんに言われてしまうと、収容状態を許している私たちと
どちらが申し訳ないのかわからなくなってしまうほどです。

8日は、イラン2名、スリランカ1名、スーダン1名、
クルド(国籍ではトルコ)1名の5名に会うことができました。

タイトルにある、”地獄へようこそ”と言うのはそのうちの
ひとりの言葉です。
確かに、犯罪を犯した訳ではないのに刑務所のような施設に
収容されて、1日のうち5時間しか他の部屋の間とも移動が
できずに部屋に閉じ込められていたら、息がつまりそうな
気分になるのも当然でしょう。
このため、精神安定剤や痛み止めを常用している人も
少なくないと聞いています。
実際に私の会った中のひとりはそのような状態で、
電話で家族と話す場合にも怒りっぽくなってしまって
困ると自分でこぼしていました。

確かにこれらの人々を支える家族や支援者の人々も大変です。
駅から往復で乗ったタクシーの運転手が、入管への面会者の
送り迎えの際に、支える人々の苦労も大変なものだと日々
聞かされると言っていました。

面会室の壁にあった落書きは、
GENKI! AITAI FRIENDS(元気! 会いたい ともだち)
というものもあれば、
Kurdistan, Pakistan, Japanistan Crazystan
- DebilGaverment
(クルディスタン、パキスタン、日本は狂っている~悪魔の政府だ~)
というものもありました。(表記のまま、誤字もそのままです。)

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ロンドンでの爆破事件

ロンドンでの爆破事件を評して早速テロであるとか
アルカイダと結びつける議論がヒートアップしようとしている。
(一方で、イスラエルからイギリスの情報機関に事前警告が
あったとかいう話もあるのだが。)
専門家が犯行声明文の特徴を分析した上で、これらの
声明文が真正のものである根拠が乏しいので、今のところは
まだ犯行を直接アルカイダやテロと結びつけるのは早計だと
冷静な議論をしているのがまだ救いだ。

一方で、同じ日にイラクのヒッラでの爆破事件で死傷者が
出ているとか、誘拐されたエジプトの外交官の命が奪われたと
報じられていることは、ロンドンの報道の大きさによってかすんで
しまっている。
ここにも非対称性の戦争ならぬ情報の非対称性が現れている。

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2005.07.08

7月13日は東京・中野でイラク支援報告会です

7月13日に東京(中野)で、14日には長野県(松本市)で
12日に帰国するJIM-NETの井下医師を招いてイラク医療支援
報告会を開きます。どうぞよろしくお願いします。


  イラク白血病医療支援報告会 ~井下医師を招いて~

イラクでは2005年1月末の選挙を経て4月に移行政府が発足した
後も爆破事件や武力衝突が絶えず、不安定な治安状況が
懸念されています。
JVCは拠点を隣国のヨルダンの首都アンマンに置き、協力者や
スタッフの安全を図りながら、白血病やガンで苦しんでいる
イラクの子どもたちを救うために必要な医薬品や機材を提供する
医療支援を継続しています。
また、JVCでは支援の専門性を高め、幅広い支援を続けるために
他のNGOや医療の専門家と共に2004年7月より「日本イラク
医療支援ネットワーク」(JIM-NET)を立ち上げています。

このたび、ヨルダンで活動中の井下俊医師が一時帰国するに
あたり、報告会を開催します。
井下医師はJIM-NETの医療調整員として今年の2月から
ヨルダンで活動を始め、イラクの医師とやり取りして、どのような
支援が必要なのかを、日本のNGOへ提言しています。
6月には、イラクの医師たちとともにブリュッセルで開かれた
ICBUW(ウラン兵器廃絶のための国際連帯)にも参加し、
EUの議員らを招いての報告も行いました。
今回の報告会では、最新のイラク医療事情に加え、
劣化ウラン廃絶に向けて世界がどのような連携を始めて
いるのかについてもお話しします。

報告 : 原文次郎 (JVCイラク事業調整員)
ゲスト: 井下俊   (医師:JIM-NET医療コーディネーター)
日時: 7月13日(水) 19:00-21:00
場所: なかのZERO 西館 学習室4
(JRまたは東京メトロ東西線の中野駅南口から徒歩8分)

参加費: 500円(JVCまたはJIM-NET会員の方は無料)
定員:   50名 (※ご予約は不要です)

主催: 日本国際ボランティアセンター(JVC)
協力: 日本イラク医療支援ネットワーク(JIM-NET)
連絡先・お問合せ: JVC(担当: 原 田村) 
E-mail: bunhara@ngo-jvc..net
     TEL: 03-3834-2388  FAX: 03-3835-0519

(参考URL) 
JIM-NET(日本イラク医療支援ネットワーク)
HP:  http://www.jim-net.net/
JVC(日本国際ボランティアセンター)
HP:  http://www.ngo-jvc.net/

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