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2005.06.27

イベントをはしごする日々(2)

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<One Ball, No Border
ボールはひとつ、国境はない>
*しかし、難民の方の保護のために、本人のわかる形での
 写真は撮りませんでしたし、公開できません

週末のイベント三昧の第2弾です。
6月26日は朝から暑い日となりました。
まず足を運んだのは早稲田大学の東伏見グラウンド。
ここで何があるかと言うと、「世界難民の日」を記念する
フットサル大会でした。

難民申請者のみなさんが、出身国別にチームを作り、
日本人ボランティアや弁護士チームと対戦。
中にはこの日のために練習を積んできたチームもあり、
真剣そのもの。
日本の難民受け入れ状況の厳しさのために、普段は
生活の不安が隠せない難民申請者の皆さんですが、
この日ばかりは思いっきり楽しんでいる様子でした。

この日の優勝は、準決勝で昨年優勝のクルドチームを
破って決勝に進出したアフガンチームでした。

試合後の打ち上げでも笑顔を見せていたひとりが、
何か悲しい出来事を思い出したのか号泣する姿を見て、
快活そうに見えてもやはりそれぞれ負っている心の傷は
深いのだと改めて気づきました。

さて、その後昼過ぎには都心に移動して、イラク支援で
おなじみの相澤恭行さんが代表を務めるNPO「Peace On」の
総会へ。
以前からその活動ぶりは尊敬し、また共感していましたが、
改めてこの日には賛同会員になってしまいました。

夕方からは、イラク・ホープ・ネットワークの仲間が主催する
公開座談会「アメリカを語る」へスタッフとして参加。
パネリストは、おなじみの佐藤真紀さん、鎌仲監督と
高遠さんに加え、原爆症認定訴訟に関わる弁護士の
田部さんと今回初めて渡米して活躍したボランティアの
大嶋さんというメンバーでした。
国連でのNPT再検討会議の開催中を狙って渡米し、
ニューヨークやその近辺でアメリカの人々にイラクの実情と
劣化ウラン弾の被害の模様を知ってもらおうという今回の
試みは成功し、パネリストの話からも大きな収穫を得て
帰って来た様子が伺えました。
しかし、イラクの実情を知らないのはアメリカの人々に
限らないでしょう。
日本の中でももっと実情を知っていただく必要があると
痛感しています。
用意した椅子席140席余りでは足りず、後から椅子を
追加して200名近くに及んだ参加者に来て頂いて
盛況だったというのもそういう意味で成果であったと
思います。

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2005.06.26

イベントをはしごする日々(1)

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<JCBシンポジウムより、イラクの子どもたちの書いた絵の
  絵ハガキを紹介する佐藤さんと鎌仲さん>

さて、一時帰国中の日々は活動報告のまとめと
今後の方向付けが課題になっています。
また、自分の報告会もこれからです。
しかし、そんな中で週末の土日はヒトサマの催しを
はしごする日々です。
普段は日本にいないものですから、余計にいろいろな
ところに首を突っ込むことになります。

25日は地雷廃絶日本キャンペーンの催しを
見に行くことから始まりました。
=>愛・地球博JCBLプレイベント シンポジウム 
   市民が世界を動かす ~地雷廃絶運動から考える~

この催しについては、この6月までJVC東京事務所の
イラク担当としてお世話になっていた佐藤真紀さんの
Blogに詳しく出ています。佐藤さんもパネリストの一人でした。
http://www.doblog.com/weblog/myblog/18736?pageno=2

劣化ウラン兵器廃絶のキャンペーンと通常兵器削減の
キャンペーンが先行する地雷廃絶キャンペーンの経験に
学ぶといった関係にあります。こうしたキャンペーンの関係者が
一同に会するというのは画期的なことでした。

そして夕方からはイラク・ブーメラン意見広告プロジェクトの報告会へ。

こちらの方は私もゲストスピーカーのひとりとなり、
意見広告の掲載時点でヨルダンに居て、イラク人の
知人からの反響を聞いた立場から報告をさせていただき
ました。
元来は意見広告に対して私は厳しい考えなのですが、
今回の意見広告プロジェクトでは、掲載に取り組む段階と、
反響を拾い上げて行く段階で、このプロジェクトに取り組んで
いる若い皆さんがイラクを身近に感じ、学んでゆくという
プロセスが大事と思っています。
私の報告もともかくとして、もうひとりのゲストスピーカーの
高遠さんのヨルダン帰りの最新報告は熱いものがありました。
それだけイラクの人々の置かれている状況が厳しいので、
熱くならざるを得ないという面もありますが。

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2005.06.20

世界難民の日

Kyoto-Tanzaku

6月20日は「世界難民の日」です?
何でこの日なの?という訳で調べてみると、
UNHCRのサイトによると、2000年の国連総会で
毎年6月20日を世界難民の日とすることを決議したそうな。
もともとOAU(アフリカ統一機構)難民条約の発効を記念する
「アフリカ難民の日」であったのが、この決議によって
世界難民の日とすることになったという訳です。
しかし、全世界で2000万人にもなると言う難民にとっては、
毎日が特別な日という思いで過ごしているのではないかとも
想像させられます。
私も遥か離れて日本に居ながらイラク=ヨルダンの国境地帯で
今もなお助けを求めている200名もの(うち半数は子どもたち)の
イラク難民たちのことを思いやっていました。
しかし、日本でも毎年400名規模の難民認定申請者がありながら、
昨年の認定数はわずか15名であること。そして、難民申請が
認められず、強制退去処分を前提に収容所に入れられている人々が
日本で多数いることにも目を向けるべきでしょう。

これらの人々を救って欲しいというアピールのために、19日の
京都では、「世界難民の日、京都パレード」が開かれ、
延べでは100名ほどの参加者がありました。
私もこれに加わって、七夕にちなんだ笹に願い事を書いた短冊を
結びつけた飾りを持って歩きました。

規模は小さいながら、町を往く人々の注目度は大きく、
参加していて気持ちの良いパレードでした。

この短冊は、「家族をバラバラにしないで!たなばたキャンペーン」
のために集めているものでもあります。
これは「アムネスティインターナショナル日本」と「1435虹の架け橋
実行委員会」による企画で、1435とは全国の入管収容施設の
一日当たりの平均収容者数です。これらの人々が家族と離れ
離れで収容の苦痛を味わうことの無いようにと訴えるキャンペーン
です。
あなたも短冊を書いてみませんか。=>ココ

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18-19日は京都へ

18日-19日は京都に滞在
移住連(移住労働者と連帯する全国ネットワーク)主催の
ワークショップに参加するためだ
今は本業となっているJVCでのイラク支援の仕事とは別に
以前から関わっている日本の難民支援に関わる活動に
関わる催しだが、労働者や難民に限らず、日本への移住者と
なっている外国人一般を支援するNGOネットワークなので、
守備範囲は幅広く、分科会も子どもの教育、医療、コミュニティ通訳、
市民社会の問題、人身売買防止、差別撤廃など多岐に渡って
いた。
私の参加した難民の分科会で問題になったのは、
超過滞在などを理由にいったん退去強制処分の手続きが
進んだ場合、難民認定の判断待ちの申請者も含めて、
全ての対象者を収容しようという法務省の「全件収容主義」と
呼ばれる対応と、収容中の被収容者の処遇の問題、
そして、裁判所による退去強制差し止めなどによって
いったん収容が解かれて仮放免や仮滞在許可が出た場合でも
仕事ができないなど生活の保障が全くない問題である。
外国人と見れば犯罪者予備軍と疑ってかかるような誤った
意識やそれを助長するような報道によって、まだまだ日本では
外国人受け入れに積極的な世論形成が出来ていない様に
思う。これを何とかしようというのが課題だろう。

Honganji
(みんながこのように考えるようになれば良いのだが...
 京都、東本願寺にて)

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2005.06.17

日本でアラブ料理を食べる?

F-Sand

15日の朝に無事日本に帰り着き、その日から事務所に出勤。
報告と打ち合わせが続いています。
16日は渋谷へ。
久しぶりの夕方の雑踏に違和感を感じながら人ごみをかき分け、
雨の中を映画館Uplink Factoryに向かいました。
そう言えば雨でかさをさすと言うのもかなりの久しぶりのことです。
目当ては前にも紹介した綿井監督の映画「Little Birds イラク戦火の家族たち」でした。
前に紹介したようにこの作品は一度目にしていますが、スクリーンで
見るのは初めてで、しかもこの日は監督も出演されての
トークイベントがあると言うので楽しみにしていました。
しかし映画館に着いてみると長い列になっています。
結局満員お断りで、その回だけで30名ほどが諦めて
帰ったとのこと。
私もまがりなりにも一度は見ているので、他の立ち見
客の方が優先という訳で映画を見るのは諦め、せめて
トークイベントだけでも聞こうと、同じフロアーのレストランで
映画の終了を待つことにしました。
時間もあるし、夕飯の時間になってしまったので何か
食べようとして選んだのがご覧の一品という訳です。
ここは多国籍料理レストランながら、結局選んだのは
ファラーヘル(ヒヨコ豆をすりつぶして揚げたコロッケの
ようなもの)のサンドイッチという典型的なアラブ
メニューとなりました。
ちなみに、このファラーヘルは、1個当たりの大きさが
アンマンの3倍近くある大型でした。

さて、肝心のトークイベントは、ミュージシャン朴保
(パク・ポー)さんのライブで始まり、綿井監督が朴さんと
映画「A」「A2」の監督の森達也さんを迎えての、
Littele Birds が訴えるものを巡っての興味深い話しが
続きました。
最後にはこのトークの中に混じってイラクの現状を
お話する時間を頂きました。
イラクの中でイラク人から見て外国人不信があること、
そして外国人不信に限らず、イラク人同士でも互いに
相手を信じられなくなる状況にあることをお話しさせて
いただきました。
人はなぜ戦争をするのか、やめられないのかという
最後の問いに、相互理解を進める対話が必要だと
答えながら、頭の片隅で今のイラクを思い、
その回答を自信をもって語れるのかどうか、
一抹の不安を覚えていました。

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2005.06.15

ただいまシベリア上空

cyberia

シベリア上空の機内からほぼリアルタイムでこのように
レポートできるのも技術の進歩のおかげで、機内で
無線LANでインターネットできる時代になっている。
これだけ通信技術が進んでも人間同士のコミュニ
ケーションは難しいし、争いごとの結果として戦争が
絶えないのもまた事実で困ったものである。

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2005.06.14

フランクフルトにて(2)

card_iraq

フランクフルト空港内では無線LANが使えるので
こうして投稿できています。

マイン河沿いを散策して鉄道のフランフルト中央駅に
戻る途中の市内中心部で、何やら中央アジアから中東を
感じさせる一角がありました。
ケバブ(ラム肉の串焼き)の店があるし、旅行代理店はトルコ語表示だし、
レバノン食材屋さんではアラビア語が聞こえるし、アフガン人経営の
雑貨屋さんはあるしで、一瞬中東に戻った気分。
もちろんこれはこれらの地域出身の移民が多い地域とうわけです。
祖国に安い電話をかけるための電話屋さんなどもあったりします。
写真はそのたぐいの店で、イラク向けの格安カードの広告です。

しかし、そんな一角に来る前にも、金融街の路上の一角では物乞いの
姿を見かけて、複雑な心境になりました。


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フランクフルトにて(1)

Main

帰国便の乗り継ぎ地、フランフルトからのレポートです。
深夜にアンマンを発ってから4時間ほどでヨーロッパ大陸に到着です。
乗り継ぎ時間に余裕があるので、今回はフランクフルト市内に出てみました。
観光地は何故か中国人の観光客が来ていました。
砂漠の国から来たので、緑の多さが目に付きましたが、
他にアンマンと際立った違いといえば分別収集のゴミ箱と
自転車の多さでした。
そういえばくる途中の機内からは風力発電の巨大風車が見えましたし。
更には路面電車と交通路の整備状況を見て、エコロジーに関する意識の
高さを感じました。
何しろアラブ諸国では分別収集以前の話でゴミは平気で路上に
放り投げている状態でしたから、この違いは大きく感じます。

(写真はフランクフルト市内、マイン河)


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これから一時帰国します

タイトル通りでこれから帰国します。
1ヶ月ほどの日本滞在で7月20日過ぎにアンマンに戻ります。
日本で報告会などの節はよろしくお願いします。

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2005.06.08

38℃

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季節はすっかり夏です。
バグダッドでも猛暑にも関わらず相変わらず電力不足で
今週も2時間通電しては5時間停電という調子だと
聞いていると、アンマンでも能天気なことを言っている場合では
ないのですが、とりあえずご覧の通りの気温というわけです。
ちなみにこれは6日の午後5時過ぎの時点。
これから更に暑い夏が続きます。

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