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2004.06.30

ブッシュ大統領演説を聞いて

6月29日

アンマン時間午後3時過ぎだったか、トルコのイスタンブールからの
生中継で、EUサミットを総括する米国ブッシュ大統領の演説を聞いた。

語られる言葉を文字通りに正しいと信じることが出来れば、この上なく素晴らしい。
トルコを大きな中東の民主化の流れの中で模範とすべき国として持ち上げ、
欧州の一員として迎え入れるべきとした。
確かに、中東において圧制のくびきから逃れ、自由を獲得する人々が増え、
民主化が進むことは望ましい様に見える。
大統領は、「民主化」は西欧化ではなく、ましてキリスト教化することではなく、
イスラムの伝統文化の下で、国民が自由を享受できる体制であるとした。
言葉どおりに行けば誠に立派なことだ。
対テロ戦争の勝利の道はここにありと言った具合だろう。

しかし、ブッシュ大統領の発言は美辞麗句の元に現実を覆い隠すことに
なってはいないだろうか。
中東の民主化と圧制からの解放を語りながら、大統領は、イスラエルによる
パレスチナ占領については決して触れないのだ。
そして、中東のアラブ諸国の多くが、政治体制においては、非民主的な
体制を敷いていることにも、多くの言葉を費やすことはしない。
持ち上げられたトルコにしても、国内ではクルド民族問題を抱えて、
近年では確かに多少なりとも寛容な政策を取り始めてはいるが、
決して民主的と言える政策を取っているわけではない。
こういう事実を覆い隠して、世界最大の大量破壊兵器保有国であるアメリカの
大統領が中東でのテロ国家の撲滅と民主化を語るとは、盗人が説教をする様な
ものだと言われても仕方がないだろう。

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2004.06.29

イラクの主権委譲は2日前倒し

6月28日 アンマン

昨晩から変な胸騒ぎがして寝付けなかった。
そのまま朝日の昇るのを見て、悪い予感が当たらない事を祈っていたら、
朝からイスタンブール発のニュースでいきなり驚かされた。
イラクの外相がいきなりきょう、イラクの権限委譲だと記者会見で述べたと言う。
まあ、悪いニュースではなくて良かったが。
この第一報を皮切りに、イラクの主権委譲は、現地時間、午前10時26分に
文書が交わされたということで確認された。アンマンでは午前9時26分。
ちょうど第一報を聞いた頃には既に権限は委譲されていたことになる。
抜き打ちはイラクらしいと言えばイラクらしいと言えなくもない。
治安悪化により妨害する勢力に対して先手を打ったといえば、
その理由付けもわからないではない。
確かに24日の時点で行政権限の委譲は全て完了していた訳であるし。
私の関係する医療、保健分野でも既に保健省はトップを切るような形で
4月から権限が委譲されていた。(逆にそれによって混乱が生じていることも
確かにあったが。)
他の国際NGOからの情報によると、CPA(占領軍暫定当局)の担当者は
28日から担当を離れるということも聞いていたと言えば聞いていたわけであるし。
しかし、この不自然な前倒しによって、暫定イラク政府は国民の信任を
得ていない不自然さをさらけ出す事になった。

しかし、この新生暫定イラク政府が国民の信任を得て本物の政府として
成り立つまでに、きちんと見守る責任は国際社会にある。
特に日本はイラク戦争に賛成した立場にあるわけであるからなおさらだ。

しかし、一方で、主権委譲に伴い、新生「多国籍軍」となった
占領軍に日本の自衛隊は参加するという。
何ということだろうか。
人道支援が目的だからと言うが、軍隊組織の目的は治安維持が
主目的で、人道支援はそれに伴って占領の目的に応じて治安維持に
必要な範囲において行うというのが国際的な「常識」だ。
国連決議1546にある多国籍軍の指揮権も、(米軍による)統一した
指揮の下にあると明記されているのにも関わらず、これをまた日本政府は
都合の良い解釈で言い逃れて、指揮権は各国政府にあると言う。
英語を日本語で都合良く言いくるめるのはいい加減に止めて欲しいと思う。


<6月28日の夜明け: ヨルダン、アンマンにて>
June28SUN_edited.JPG


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2004.06.25

ファルージャ危機再来が心配

今朝もファルージャで戦闘があったとパレスチナ人の友人から聞く。
彼は、イラクの「レバノン化」を心配している。内戦の危機のことだ。
イラク人同士がそう簡単に内戦で争うとは思わないけれども、そう仕向けたい
勢力があると言えるかもしれない。

2日前に韓国人の人質が「処刑」されたニュースを聞いてから気分がすぐれない。
こういうニュースを聞かないで済む日が来ることを願いたいが。

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2004.06.21

ファルージャ攻撃の報に接して

6月20日アンマンにて

昨日、6月19日にファルージャ市内に米軍によるミサイル攻撃が加えられた
との報道に接して、久しぶりに聞くファルージャの地名に、彼の地の人々の
現状が気になりました。
米軍によれば、ミサイル攻撃の目標はアルカイダにもつながるテロの
首謀者ということですが、実態は明らかでありません。

このファルージャでは、4月に激しい軍事衝突があり、ピーク時には2万人とも
言われた人々が避難民となって市外へ避難していましたが、5月に入り軍事衝突
が収拾の方向に向かい、市内への通行が確保されるようになると、避難していた
人々も元の住居へ戻る動きが始まりました。
 しかし、市内では家屋が破壊された家族もおり、また、水や電気の供給もパイプ
ラインや電線が壊されて復旧に時間がかかるため、生活の立て直しまで時間が
かかることが見込まれていました。
このため、JVCではイタリアのNGOの協力を得て、ファルージャ市内への
緊急食料の配給を行いましたが、これと合わせて、他の国際NGOからも提案を
受け、地域の保健医療センター向けの医薬品の支援も進めました。
5月上旬の時点で、紛争による傷病者の手当ては一段落したと思われたものの、
元々、地域の保健医療センターで常備されている医薬品が不足しており、
その様な中で、紛争による生活環境の破壊の結果、患者が増えると見込まれた
水が原因の下痢や風邪の対策のために必要な薬品類、計$8,850-(100万円弱)
相当分を5月11日に、ファルージャの位置するアンバール州の保健局とも連携の上、
地域の中核となる6つの医療センターを中心に配布しました。
これらの医薬品は57,580名分の薬品の約10日分に当たります。
   
食料品の配給の際にも、現地ボランティアの活躍が目立ちましたが、
これらの薬品の配給にも、現地の人々が当たりました。
報告の写真を見ても、民家が破壊されていること、モスクまでもが攻撃の
対象になった様子が見られ、攻撃の激しさを見て取ることができます。
  
それから1ヶ月が経ち、再建もこれからというところで再び彼の地が
軍事衝突の舞台になるとは...。

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6月20日は何の日?

6月20日は「世界難民の日」でした。

中東に居て、自分もわずかなりとも難民支援に関係のある場にいるわけですが、
この日を迎えて、とても気になるのは、わが国日本の難民保護の現状です。
難民認定を得るのは狭い門で、しかも、申請者をオーバーステイだとして
退去強制処分にしてしまうことも可能な現行の入管難民法の欠陥は、ごく最近
改正された入管難民法案でも根幹は大差ないものです。
その一方で、不法滞在者は犯罪の温床だとして外国人を排斥しようとする
国策が着々と進められているのは、不気味なものを感じさせます。
異なるものを排斥の対象とする考え方を変えて、共に生きる共生社会を造ってゆく
考えにならないものかと、海外に居て真剣に考えてしまいます。

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2004.06.19

6月17~19日

6月19日(土) アンマン

18日(金)は久しぶりに過ごすアラブの休日。
17日の晩はアンマンでは花火が打ち上げられていました。
バグダッドに居たら、花火どころか砲撃の音に煩わされる毎日の
ところが、まだまだここアンマンは落ち着いていると言えるのでしょうか。

今回、アンマンに来る際に日本からの乗り継ぎで立ち寄った
バンコクの空港で見たCNNの放送で14日朝のバグダッドでの
外国人襲撃事件を知り、なお緊迫の続くイラクの様子を
再認識しました。
一方で、この間に日本の国会では国民保護法制を含む有事関連7法案が
十分な審議が尽くされないままに通ってしまったことも大変気がかりな
ことです。

16日の朝にアンマンのアパートに戻り、管理人のラシャード氏(スーダン人)と
話をしていて、
「とにかく当分は危ないからイラクに行くな」と止められました。
彼曰く、今のイラクではとにかく安全の保証がない、これは私が外国人で
あるとか、日本人であるとかに関わらず、たとえアラブ系の人々、イラク人で
あってもそうだと言うことです。
ラシャード氏の知る限りでも、多くのイラク人が、国の将来に希望がないと見て
国外脱出をしようとしていて、実際にヨルダンに家族が居る者はそれらを
当てにして移動して来ているということです。
これらの真偽のほどは改めて確認する必要がありますが、アンマン到着
早々に厳しい実情を思い知らされた思いがしました。

...などと書いていたら、17日には再びバグダッド中心部で爆発事件が発生。

爆弾テロ相次ぎ41人死亡 軍志願者や治安部隊狙う イラク反米勢力の攻撃か
http://news.kyodo.co.jp/kyodonews/2004/iraq4/
(共同通信より)

現場は私もなじみのある音楽・バレエ学校の近所で、BBCの映像を見ても
覚えのある場所なので、とても心配。
同じく17日の朝は、バグダッド在住のA氏と電話がつながり無事を確認したばかり。
彼曰く、イラク人にとっては「いつもの通りのこと」。でも外国人にとっては今は危ない。

国際NGOも、4月中旬に一時的にイラクから退避して来ていた国際スタッフも
既に5月中旬以降からイラク国内に戻り、活動の実態が再びバグダッド中心に
動いていることもあって、アンマンでの動きは静かになって来ています。
ファルージャやナジャフの状況を受けて5月まで動いていた緊急対応の会議も
既に一段落しています。

17日の晩の花火(アンマンのアパートより撮影)
CIMG2356_edited.JPG

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2004.06.17

再び新装開店

半年振りの新装開店となります。
この間の記入なしはひとえに筆者の不徳の致すところです。
しかし、読み返してみると、アラブの対日感情の変化などは
予測が悪い方に当たっていて気味が悪いほどです。

さて、5月28日より日本に一時帰国しておりましたが、
今回は6月14日に日本を発ち、15日早朝にアンマンに着きました。
途中に乗り継ぎのバンコクで、CNNの放送でバグダッド中心部で
外国人の車列を狙った攻撃があったとの報道に接して、
相変わらずのイラクの治安状況に暗澹たる思いがしました。
バンコクは先月亡くなった橋田さん、小川さんが住まいを置かれて
いたところでもあります。
報道によれば、日本人であることによって襲われた可能性が高いと
言われています。そのお二人の胸中はいかがであったかと思い、
重たい物を背負った気持ちでバンコクからアンマンに着きました。

原 文次郎

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