2011.09.11

9.11より10年

長らく新規更新をサボっていましたが、9.11より10年ということで
一言書いてみることにしました。

特に日本では9.11より10年よりも、3.11より半年のことの方が
強調されています。
3.11はまだ現在進行形の問題であるし、自分の国のことですから
無理もないところがありますが、しかし、9.11から10年も日本に
とっても忘れてはならない10年ではないかと思います。

私の場合でも9.11から人生が変わったということで大きな意味が
あります。
以下、ややこじつけながら、個人史を振り返ってみると、

1963年10月生まれ (ケネディ大統領暗殺から1ヶ月後)

1979年 ソ連によるアフガニスタン侵攻で国際問題への関心を持った。
     (確か、この時は中学生)

1982年 大学受験の日に日航機羽田沖、墜落事件
1985年 就職活動中に日航機、御巣鷹山に墜落
1986年 東芝に就職 新入社員研修中の4月26日にチェルノブイリ原発事故
      その後、80年代の反原発運動に一時は参加するものの、
      運動に幻滅して離れる。

1991年1月 会社の英語研修中に湾岸戦争開始。スピーチの材料にした。
1992年1月 米国コロラド州ボウルダーに滞在中に湾岸戦争1周年。
        英語研修中に大統領予備選の影響を受ける
       (同年に民主党政権誕生=クリントン政権)
        ちなみに当時からコロラド州の元核軍事施設のロッキーフラッツに
        よる放射能汚染の問題は現地で問題になっていた。

2001年9月11日 9.11事件
        アフガニスタンで活動するNGOの話を聞きに行ったり、
        アフガニスタン反戦運動に参加。
        しかし10月8日にアフガニスタン攻撃が始まった。
        そして、日本でアフガニスタン難民申請者に会う
2002年1月 日本でのアフガニスタン復興会議の当日に
        難民支援もせよと品川駅前で街頭アピール

2002年5月 パキスタン、アフガニスタン訪問

2003年1月末 東芝を退職
2003年2月~5月 米国サンフランシスコ滞在
           難民支援のNGOでインターンをしつつ
           イラク反戦運動にも参加
        4月 ニューヨーク WTC跡を訪問

2003年7月 JVCに参加。イラク駐在

以上、思い返せば結構ヒコーキ関係と原発関係にも縁があったりします。

しかし、考えてみれば、9.11とイラクは無関係なので、そもそも
9.11だからと言ってイラクについて書くのは自己矛盾なので、止めます。

アフガニスタンにしても、タリバーン政権がアル・カーイダを庇ったとしても
それを理由に武力攻撃を受けるいわれはないと思います。

つくづくアメリカは無理をしたものだと思うけれども、当時はそれを無理だと
考える余裕は当のアメリカには無かったし、日本をはじめとして各国には
止める力もなかったということでしょうか。
そう一通り評論してしまえば聞こえは良いのですが、、本当に私たちに
止める術は無かったのだろうか。イラク戦争にしても同様で、残念で
仕方がありません。

9.11後を生きて、そして、幸いにも3.11後も生きている私としては
生かされていることに応える義務があると思っています。
しかし、日常の中に埋没してしまうと、私は結構怠惰な者だ。
日本の中で果たす役割は何か、答えを見つけ出すことが出来ず過ごした
10年であったかも知れません。

 


     

    

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2010.03.17

「イラク戦争なんだったの !?」  開戦から7年 検証シンポジウム

北イラクのアルビル現地で書いています。
3月21日にシンポジウムを行いますのでよろしくお願いします。
私は3月20日に帰国して翌日にはこのシンポジウムに参加する予定です。


「イラク戦争なんだったの !?」
 開戦から7年 検証シンポジウム

 「大義のない戦争」「石油のための戦争」として、世界中で反対の声が上がったにも拘らず、2003年3月20日、強行されたイラク戦争。日本でも、盛り上がる戦争反対の世論を無視し、当時の小泉首相が戦争支持を表明しました。

 あれから7年、日本の検証を求める動きが全国各地で高まりつつあります。昨年、イギリスやオランダでイラク戦争の独立検証委員会が設置されたことを受け、私たちは同年11月、「イラク戦争なんだったの!?―イラク戦争の検証を求めるネットワーク」を立ち上げました。
 有志の国会議員も応え、すでに80人余りが「イラク戦争検証を行うべき」との議員署名に賛同。岡田外相も国会で、検証を行いたいとの意向を明らかにしました。

 イラク戦争の検証は、日米同盟や憲法論議、国際社会の中での役割、そして私達の税金の使われ方など、今後の日本のあり方を問う上でも、重要ではないでしょうか。

  このたび、私たちは、“日本での検証を実現するためには何が必要か?”“検証すべきことは何か?”“検証を経て、私たちは何を求めていくのか?”などを、各分野の専門家とともに議論するシンポ ジウムを開催いたします。

 7年前のあの日、少しでも「おかしい」と感じた方々、昨年の政権交代で何かが変わるかも、と思った方々、ぜひ、本シンポジウムにご参加下さい。

【日時】2010年3月21日17時から19時半
【場所】明治大学リバティータワー1F・1012教室
http://www.meiji.ac.jp/koho/campus_guide/suruga/access.html
(千代田区神田駿河台1-1)

【主な内容予定】
・イラクの現状
 (佐藤真紀/JIM-NET、高遠菜穂子/イラク支援ボランティア)
・国際法の観点からのイラク戦争の問題点 
 (東澤靖/日弁連国際人権問題委員会委員長、HRN理事)
・イラク人道復興支援の問題点
 (高橋清貴/日本国際ボランティアセンター)
・イギリスとオランダのイラク戦争検証委員会について 
 (スピーカー交渉中)
・自衛隊派遣の問題点
 (川口創/イラク自衛隊派兵差止訴訟弁護団)
  *敬称略

【問合せ&詳細】
「イラク戦争の検証を求めるネットワーク」
HP:http://isnn.tumblr.com/
メール:regretiraqwar☆gmail.com(☆は半角@に換えてください)
電話連絡先:090-9328-9861(志葉)

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2009.11.07

イラク戦争の検証を求める市民グループを旗揚げ!

10月25日のバグダードでの2発の爆発による「大惨事」は、イラク連邦議会で

来年1月に予定されている2003年の戦争後では2度目になる連邦議会選挙を

巡り、この選挙の方法を決める「選挙法」の議論がたけなわの中で起きたことに

注目しておく必要がある。

議論の主な論点はクルド民族と他のアラブとトルコメン民族等がその帰属を巡って

争っているキルクークの議席配分を巡る議論が中心になっているほか、

投票の際に候補者名を書く「オープンリスト方式」にするか、候補者名を明らか

にせず、政党名を書く「クローズドリスト方式」にするかの議論にほぼ絞られて

いる。

この選挙法が議会を通過しないと、現在の予定の2010年1月16日の選挙日程が

守れない瀬戸際に来ていて、ここ数日のイラクの政治状況はもっぱらこの話が

話題だ。

一方、日本の中では、私たちはこのイラクにどう関わってきたのか?あの

イラク戦争はいったいどのような意味を持っていたのかを日本の私たちの

立場から検証しよう、政府に検証させようという動きが加速している。

しかし、これはほんのはじまり。

あの戦争が何だったのか、今から振り返っても遅くありません。

一緒に考えたい。そして政府にも考えてもらいましょう。

それはこれからの日本の行く末を決める道でもあるのだから、

決して過去のことではありません。

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「イラク戦争何だったの!?」

 『イラク戦争の検証を求めるネットワーク』を 

                 設立します!

●設立集会日時≫11月10日衆議院 第二議員会館

 ※どなたでも参加できます!ぜひご来場ください。

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 このたび、イラク戦争の検証を求める市民グループが

旗揚げしました(詳細は後記設立趣意書をご参照下さい)。

イラク戦争・復興支援への姿勢が問い直されないまま、

日本の今後の外交や国際貢献を語ることはできないのでは

ないでしょうか。

民主主義国家としてのアカウンタビリティーを示すためにも、

政府が調査委員会を設立するよう求める、国民的な運動を

広げていく。10日のキックオフ院内集会は、その第一歩と

なります。是非、多くの方々にご参加いただければ幸いです。

【日時】11月10日14時~15時(13時半開場) 

【場所】衆議院 第二議員会館 第四会議室

     地下鉄永田町駅・国会議事堂前駅・溜池山王駅から

     徒歩5分。入り口に案内スタッフがいます。

【主な内容】

13:30 開場

14:00 挨拶・趣旨説明

14:05 呼びかけ人・賛同人から

     (池田香代子、高遠菜穂子、谷山博史、野中章弘)

14:25 国会議員から

14:45 今後の行動について

14:50 メディア質疑応答

15:00 閉会・撤収      

※部屋自体は15時半まで確保しています

        イラク戦争何だったの!?

  ~イラク戦争の検証を求めるネットワーク 設立趣意書

 この度、私たちイラク支援やイラク報道、反戦運動に関わった

者たちは、旧政権によるイラク戦争支持・支援の検証を新政権に

求め、広く呼びかけていくことにしました。

  2003年3月、世論調査で8割の人々がイラク戦争に反対してい

たにもかかわらず、小泉純一郎首相(当時)はこれを無視し、国連

安保理決議を得ない米国の攻撃を支持しました。しかしその後、

開戦の最大の根拠であった「イラクは大量破壊兵器を保有している」

という情報が誤りであったことが判明し、ブッシュ元米大統領も

それを認めました。にもかかわらず戦争は拡大され、イラク市民・

多国籍軍兵士の死者数はさらに増えていきました。日本は「人道

支援」の名目で自衛隊を派遣しましたが、2009年10月、防衛省の

情報公開により、イラクにおける航空自衛隊の活動の大半が米軍

などの多国籍軍の兵員・物資の輸送であったことが明らかとなり

ました。 

 イラク戦争は、最悪レベルの人道危機をもたらしました。WHO

(世界保健機構)の推計は民間人15万人が殺されたとし、ジョンズ

・ホプキンス大学の調査のように数十万人単位が殺されたとする

推計もあります。そして現在もなお、使用された劣化ウラン弾や

クラスター爆弾などによる被害は後を断ちません。治安も安定せず、

毎日10人以上の市民が、攻撃や爆弾テロ等で命を失う中、イラク

国民の約6人に1人が国内外で避難生活をおくり、その多くが

極度の貧困にあえぐなど、状況はむしろ深刻化しています。  

 これを直視するか否かは、平和国家・民主主義国家としての

日本のあり方が問われる問題でしょう。既に英国では、イラク戦争

参戦の経緯や軍事攻撃の合法性について検証する独立調査委員会が

設置されました。今後、私たち日本の市民の平和的生存権が尊重

され、戦争への加担を繰り返さないためにも、殺されたイラクの

一般市民の無念に報いるためにも、日本においてもイラク戦争支持

・支援の是非の検証が行われるべきです。そのために、私たちは

以下のことを求め、活動していきます。

1)「イラク戦争支持の政府判断に関する見直し」「自衛隊イラク

派遣の判断の是非」「イラク復興支援への日本の関わり」の3点を

検証する、独立の第三者委員会を政府が設立すること。同委員会が、

事実関係についての情報開示や調査を行い、個人も含めた道義的・

法的な責任の所在を明らかにすること。

2)調査委員会による検証や、そのプロセス、最終報告などが、

最大限公開され、誰にでもアクセスできるようにすること。

3)検証による最終報告を受けての、日本政府としての見解を国内

外に発表するとともに、必要とされる人道支援、被害者支援を行う

こと。

呼びかけ人(敬称略):

 池田香代子(翻訳家/世界平和)

 川口創(自衛隊イラク派兵差止訴訟名古屋弁護団事務局長)

 鎌田實(医師)

 佐藤真紀(日本イラク医療支援ネットワーク事務局長)、

 高遠菜穂子(イラク支援ボランティア)

 谷山博史(日本国際ボランティアセンター代表)

 志葉玲(ジャーナリスト)、

 野中章弘(アジアプレス代表)

賛同人:

 相澤香緒里/相澤恭行(NPO法人 PEACE ON)、

 足立力也(コスタリカ研究家)、

 池住義憲(自衛隊イラク派兵差止訴訟の会)、

 石田きみえ(今とこれからを考える一滴の会)、

 石塚淳(Chance! pono2)、伊藤和子(弁護士)、

 岡林信一(市民社会フォーラム)、Cazman(Chance!pono2)、

 きくちゆみ(グローバルピースキャンペーン)、

 清末愛砂(島根大学専任講師/イラクホープネットワーク)、

 小原美由紀(ピースウォーク金沢)、

 佐藤博文(自衛隊イラク派兵差止訴訟全国弁護団連絡会)、

 園リョータ(憲法カフェ)、高田健(World Peace Now)、

 寺中誠(人権活動家)、西方さやか(イラクホープネットワーク)、

 西谷文和(イラクの子どもを救う会)、nob(Chance! pono2)、

 原文次郎(日本国際ボランティアセンター)、布施祐仁(ジャーナリスト)、

 細井明美(イラクホープネットワーク)、

 増山麗奈(LAN TO IRAQ/『ロスジェネ』編集委員)、

 山縣忍(セイブ・イラクチルドレン・名古屋)、

 遊牧民(自衛隊イラク派遣差止名古屋訴訟原告)他

 (09年11月5日現在、敬称略・50音順)

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2009.11.06

『イラクに咲く花』2009・11・08 inお茶の水

ラマダン明けイードの祝祭日の間に日本に帰国し、ちょうど1ヶ月の滞在

(9月23日~10月24日)の後にヨルダンに戻っています。

この間、Blogもサボっている間にこちらはすっかり季節は秋から冬へ。

雨も降ります。寒いです。

さて、日本では8日に以下の催しがあります。イラクと日本の支援者の関わりを

ここでもう一度見直して頂く良い機会になると思います。

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 ~見る、聞く、知る、イラクの今と私たち~

  『イラクに咲く花』2009・11・08 inお茶の水

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【日 時】平成21年11月8日(日)10:00~19:00

【場 所】明治大学 駿河台キャンパス 

     リバティタワーB1F 1001教室

  (東京都千代田区神田駿河台1-1 http://www.meiji.ac.jp/ )

  JR中央線・総武線、地下鉄丸ノ内線/御茶ノ水駅 下車徒歩3分

  地下鉄千代田線/新御茶ノ水駅 下車徒歩5分

  都営三田線・新宿線、地下鉄半蔵門線/神保町駅 下車徒歩5分

※入場無料(開演時間中はご自由に各上映作品、展示をご覧いただけます)

…………………………………………

●タイムスケジュール

…………………………………………

10:00~    開場

       (展示、ミニ上映、イラク茶サービス、等)

11:00~12:20 上映『冬の兵士~良心の告発』

        < http://wintersoldier.web.fc2.com/index.html >

        イラク帰還米兵たちが語る衝撃の証言スピーチ。

        監督:田保寿一 ※舞台挨拶有!

12:30~13:30 トーク1「イラク支援の現場から」

        自分にできることは何か、と考え

        実践してきたNGO等からの報告。

13:45~15:15 上映『イラク・フォー・セール~戦争成金たち』

        驚愕の軍需産業のカラクリが明らかに…!

        監督:ロバート・グリーンウォルド

        < http://www.jimmin.com/ifs/index.html >

15:30~16:50 トーク2「戦争と占領」

        2003年から2009年の6年間のイラク、世界、

        そして日本の関わり方を振り返る。

17:00~19:00 トーク3「イラク戦争総括」

        未だに日本政府は「イラク戦争は正しかった」と

        いう見解のまま。これでいいのか?

トーク出演/谷山博史(日本国際ボランティアセンター代表)

      志葉玲(ジャーナリスト)

      細井明美(Peace Activist)

      山縣忍(セイブ・イラクチルドレン・名古屋)

      大嶋愛(JIM-NET)

      高遠菜穂子(イラク支援ボランティア)

      佐藤真紀(JIM-NET事務局長)※現地より中継出演

      ほか(順不同)

◆出展団体・個人(11団体2個人 50音順)

 イラクの子どもを救う会

 JIM-NET(日本イラク医療支援ネットワーク)

 セイブイラクチルドレン札幌

 セイブ・イラクチルドレン・名古屋

 セイブ・ザ・イラクチルドレン広島

 高遠菜穂子

 (特活)日本国際ボランティアセンター(JVC)

 NO DU ヒロシマ・プロジェクト

 NPO法人 PEACE ON

 ピースボート

 BOOMERANG NET

 平和市民連絡会

 細井明美

【共催】イラクホープネットワーク http://iraq-hope.net/

    現代史研究会

【お問い合わせ】

 メール:info08※iraq-hope.net(※を半角@に換えてください)

 電 話:03-6228-0746(日本イラク医療支援ネットワーク)

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2009.09.18

靴投げの代償

イラク現地時間の15日(火)に、昨年12月のブッシュ米国大統領(当時)の

バグダード訪問時に記者会見会場で靴を投げつけたことで、罪を問われていた

バグダディーヤTV局記者のムンタザル・ザイーディ氏が刑を終えて刑務所から

出所した。外国人の賓客に無礼な行いをした罪で3年の刑が言い渡されていた

ところが、1年に短縮され、模範囚だということで更に期間が短縮され、この

日の釈放に至った。当初は14日にも釈放との話が伝えられていたが、手続きの

問題等でこの日になったと言う。

彼の行いは、ブッシュ大統領の対イラク、対中東政策を快く思わない多くの

イラク人をはじめ中東の人びとの賛同と賞賛を得て、ムンタザル氏は一躍、

時の人となった。富豪から娘を結婚させたいとの申し出があったり、多額の

寄付金の申し出があったことなどが報道を賑わし、また今回の釈放に際しても

そのような話がまた掘り返されたりしているようだ。

しかし、釈放前の報道によれば、彼の兄のダルガム氏は、本人は元のTV局に

復帰して取材を続けるか、寄せられた多額の寄付金は、イラク孤児や寡婦に

対する人道支援に使いたいという話だった。(そう言えば、二本目の靴を投げた

時のせりふは「孤児や寡婦からの贈り物だ!」という言葉だった。)

しかし、釈放後の記者会見での発言はそのような寄付金だの結婚話などの、

ある意味ではお気楽な話題を吹き飛ばすものだったことに、どれだけの人が

注目しただろうか。

彼は、別れの花束の代わりに靴を贈ったと言った。

ここまでは想像通りの発言だ。

しかし、その後の発言の中で注目されるのは、彼が刑務所で体験した拷問で

ある。

既に靴を投げた直後の逮捕の時点で当局によって殴打され、負傷していたと

され、アムネスティ・インターナショナルは、この時点で彼の扱いについて

調査すべきとの発表をしていた。

今回の会見では、彼は刑務所でケーブルや金属片で殴打されたり、

電気ショックを与えられたり、寒い中に放置されたりという扱いを受けた

と証言している。

そのような扱いを受けながらも生き延びて出所することができたのも、

彼が有名人であったこととも関係があるだろう。

イラクの刑務所での囚人の扱いはとかく評判が悪い。

今年になってから米国との二国間協定に基づき、米国が逮捕したイラク国内の

囚人も順次管轄が米国の管理下からイラク当局の管理下に移管されて来ている。

この課程で、容疑が不確かな囚人は釈放されてもいる。

しかし、米国の管理下からイラク当局の管理下に移された場合には、移管前より

更にひどい扱いを受ける場合も少なくないと聞く。

このような状態の中で苦しんでいる名も無き人びと(本当はそれぞれに名も

あるのだが、ただ注目されないと言うこと)のことを思うと、ムンタザル氏が

釈放されて、証言できただけでも良かったということになるのだろうか。

しかし、ここまでしゃべってしまったムンタザル氏もやはり無事では

済まされないようだ。

記者会見の翌日には彼はTV局のチャーター機でバグダードを発ちシリア経由で

ギリシアに行った。報道では病院で治療を受けるためとされているが、

私の知人のイラク人曰く「彼はもうイラクには戻れないのではないか。

身の危険を感じてイラクを脱出したに違いない」と言うのだ。

言われてみればそうかも知れないと思うと背筋が寒くなる。

やはりイラクにはまだそこまで自由がないと言うことなのか。

身の危険と言えば、17日(木)にはファッルージャ市内でイラク軍と合同

パトロール中の米軍に向かってサンダルを投げつけた男性が、手榴弾を投げつけ

たものと誤認されて米軍から撃たれる事件が起きている。

幸いにもこの男性(アフメド・ジュメイリ氏)の傷は致命傷にならずに、病院で

手当てを受けていると言うことだが、靴を投げるのも命がけというのは

彼の場合も、ムンタザル氏の場合もいずれも重い代償だ。

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2009.08.21

再会その2

きようはアンマンでバグダッドからのゲストを迎えた。

早朝にバグダッドを出て延々12時間以上かけて陸路をやって来た。

2004年の4月以来で、実に5年と4ヶ月ぶりの再会である。

誰かと言うと、2003年のイラク戦争の際に米軍による空爆で足を負傷し、

この年の8月に日本からの支援金のおかげで一度アンマンで手術を受けて

いるムスタファ君(当時9歳)である。

今回は再手術の可能性も含めて診断のための来訪だ。

日本式に言えば当時小学4年生だった少年も今や中学を卒業する歳で、

身長も大げさに言えば当時の2倍くらいに見えるほどすっかり大きくなった。

きょうのところは感無量でこれ以上書けない。

(ちなみに再会その1は8月9日-11日に北イラク、クルド地区のアルビルを

 訪問した際にバグダッドからわざわざ駆けつけてくれたオヤジである。

 彼の場合も4年ぶりの再会であった。しかし、私の記憶の中のイラクは

 バグダッドであり、今のクルド地区はバグダッドとはかなりかけ離れた

 様相を呈して投資が進み発展途上にあるだけに、オヤジとの再会には

 感激したものの、イラクに居るという実感が無かった。)

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昨日のバグダッドでの爆破事件について

19日のバグダッドでの連続爆破事件はついに犠牲者101名、負傷者500名を

超えた。イラクでは今年最大級の惨事と言って良い。

イラクの現地TV局などは画面左上隅に喪章として黒い線を表示しながら

放送をしている。このような画面を見慣れてしまうのも困ったことだ。

【写真:事件を報道する20日付けAzzaman紙の一面】

さて、昨日は自分はこの事件の犯人像を占う器ではないと記したものの、

一応備忘録代わりに記しておく。

この事件の背景としては、アメリカ軍による2007年以来の治安作戦の

「成功」(あくまでもカッコ付き)と、オバマ大統領主導による米軍の

撤退計画について、米国政府筋の説明を額面通り信用できないという

ことではないかと思う。

ある解説者は、イラク現地の治安状況を見た上での撤退計画ではなく、

ブッシュ前政権との違いを強調し、公約に掲げたイラクからの早期

撤退を急ごうとするオバマ政権の政治判断が事を急ぎ過ぎた結果だと

している。

(この説明に対しても、米国のイラクでの覇権を維持したい名目だろう

 との批判も成り立つことは承知しつつ、しかし現地の状況を見た場合、

 先に期限ありきの撤退では事が簡単に行かない事も事実と考えます。)

今回の連続爆破事件については、6月30日に米軍が市街地から「撤退」

(カッコ付きのことばをいちいち使わなければいけないのがややこしくて

すみません)の後に、イラクの治安部隊(イラク軍とイラク警察)による

治安維持がうまく行っていないことを見せつけるために行われた攻撃で

あると解釈できる。

想定される犯人像としては、

1)いわゆるアルカイダ系と呼ばれる武装組織の者たち(※)

2)マリキ首相の権力強化に対抗して、マリキ政権による治安維持能力に

  疑問符をつけたいシーア派の対抗勢力

3)スンニ派のイラクレジスタンスもしくは、スンニ派の自警団(覚醒委員会)の

  一部でシーア派主体の現政権に不満を持つ者

 (しかし、これほどの大規模な攻撃を統制を持って実行する能力があるとは

  思われない)

4)やっぱり治安維持には米軍の駐留が必要だと思わせたい米軍の自作自演

 (陰謀論好きで米国が大嫌いなイラク人に一番ウケる説ですが信憑性は?)

※事件後いち早くイラク政府筋は同様の爆破事件を未然に防ぎ、実行犯として

2名のアルカイダ系のメンバーを逮捕したと発表しているのだが、どこまで

これが信用できるのかは不明である。

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2009.08.19

8月19日:2003年と2009年

きょう、バグダッド中心部で政府機関の建物を狙った6発の爆発事件

(自動車爆弾と迫撃砲によるものと思われる)が起き、現時点

(現地時間19日23時台)で死者95名、負傷者600名以上とも伝えられている。

同じく8月19日と言えば、6年前にはバグダッドの国連事務所が

自動車爆弾による攻撃を受け、22名が亡くなる事件が起きている。

たまたま同じ日だっただけで、6年前と今の事件に関連はないのだが、

6年経ってもなお、この様に高度に組織化された攻撃に見舞われている

バグダッドの状況に大きな不安を覚える。

ジャーナリストでない私はきょうの事件の犯人捜しの分析をする器では

ないが、6月30日に米軍が市街地から撤退して以後、最大級のこの攻撃には、

現イラク政府の治安維持能力に対する挑戦の意味が込められていることは

確かかと思う。

来年1月に予定されている国民議会選挙を前に、現政権に対する対抗勢力が

マリキ首相の指揮下にある現イラク政府の治安部隊が治安を維持する能力が

ないことを見せつける意図で起こした事件だと、とある解説者はTVで説明

している。

何より悲しいのは、事件の犠牲者が運び込まれた病院が手一杯で、これ以上

病人の受付ができないと悲鳴を上げているというニュースが伝えられている

ことだ。

イラクではまだまだ不十分ながら病院の能力を上げることはできる。

しかし、もっと必要なのはこれ以上、爆破事件の犠牲になり担ぎ込まれる

人々が出ないようにすることだ。それは私たちのような第三者が外から

見ているだけでは実現できない。

本当の意味での国民融和を実現して、暴力に訴える者どもの立ち入る隙を

無くさなければならないのだが、そのような政治的な意志がいつになったら

現実になるのか...

【6年前のバグダッドも暑かったけれど、6年後のアンマンも暑いです。

 その灼熱の中で、バグダッドの人々に直接の手が届かないもどかしさを

 感じつつ。】

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2009.01.05

ガザの窮状を救え!

パレスチナ、ガザ地区へのイスラエルの攻撃は第二段階に入り、

地上戦が進められていることが報道されている。

ガザ地区は南北の2つに分断され、一般市民の犠牲者も増え続けて

いると聞く。

とにかく攻撃を停止することがまず必要だ。

しかし国連安保理協議をはじめとして事態を政治的に解決する道は

遅々として進んでいない。

となれば、緊急人道支援でとにかく目の前の命を救うしかないの

だろうか。

ここではJVCの緊急支援への取り組みを紹介する。

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         日本国際ボランティアセンター(JVC)

      パレスチナ・ガザ地区への緊急支援にご協力ください

          ●クレジットカード募金も受付中!●     

             http://www.ngo-jvc.net            

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先月27日に始まったイスラエルによるパレスチナ・ガザ地区への攻撃は地上侵攻

へと拡大し、民間人の犠牲者はさらに増え続けています。

「診療所は負傷者であふれている。24時間体制で動いても対応しきれない」

「皆で毛布に包まって寒さをしのいでいたら、爆音がして家の窓が一斉に割れた

の」

攻撃を受け続けるガザの人々からJVCのもとに、苦しい状況を伝える声が届い

ています。

http://www.ngo-jvc.net/jp/projects/palestine/200812gaza.html#fromgaza

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■救急セット等の緊急支援を開始

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今回の緊急事態を受け、JVCはこれまで共に活動してきたガザの医療団体「パ

レスチナ医療救援協会(PMRS:Palestinian Medical Relief Society)」を

通した緊急医療支援を決定しました。

救急セットの配布や、現地ボランティアが止血や人口呼吸等の救急対応にあたれ

るためのトレーニングを支援します。

○主な内容:

    ・診療所への救急セットの配布

    ・ボランティアへの救急法トレーニング実施

          (止血や人口呼吸等)

      (既にトレーニングを受けた人たちの再講習も含む)

    ・救急法講習のための道具の購入

○支援額:10,000USドル(約100万円)

現在、パレスチナ・ヨルダン川西岸に駐在するJVCの日本人スタッフが、パレ

スチナ医療救援協会スタッフと協議しながら活動を進めています。

ガザの人々を支えるため、皆様のご協力をお願いいたします。

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■募金にご協力ください

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<クレジットカードで>

https://gt205.secure.ne.jp/~gt205119/form_creditbokin11.html

※募金先指定の項目で「パレスチナ」を選択してください。

<郵便振替で>

00190-9-27495 「JVC東京事務所」

※通信欄に「パレスチナ」とご記入ください。

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■支援の背景

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現在、ガザ中心部にある病院は重傷者であふれており、中等度や軽症のけが人に

十分に対応することができずにいます。また、病院まで負傷者を運ぶことが困難

なほどに混乱もしています。

ガザにあるパレスチナ医療救援協会の各診療所では、全ての医療チーム、そして

ボランティアたちが24時間体制で、次々と運ばれてくる攻撃の負傷者の治療にあ

たっています。また、全ての救急車と巡回診療車を稼動させ、混乱状態の中医療

機関までたどり着くことのできない負傷者の搬送にも追われています。

この緊急状態において、救急用具の配備と、止血や人口呼吸など救急対応をでき

る人々が地域にいることはとても重要です。

※パレスチナ医療救援協会代表によるガザ医療状況の報告(12月30日)

http://www.ngo-jvc.net/php/jvcphp_epdisp.php?ThreadName=p01&ArticleNo=332

パレスチナ医療救援協会はこれまでも地域の診療所をベースに医療活動を行って

おり、救急活動に携われるボランティアを数多く養成してきました。JVCは

1995年から彼らと共同で村の診療所や巡回診療の支援、2002年には第二次インティ

ファーダを受けての緊急医療支援、現在は東エルサレムで学校保健事業を行って

きており、その活動に信頼を置いています。

JVCはこの緊急支援が、ガザの人たち自身が互いに助け合って危機状況を乗り

越えていくための励みにもなれば、と考えています。今後、活動の状況について

適宜報告していきます。

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■攻撃停止の要請書を提出

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JVCをはじめこれまでパレスチナに関わってきたNGO等12団体は12月30日、

中曽根弘文外務大臣および駐日イスラエル大使に対し、攻撃停止の要請書を提出

しました。

http://www.ngo-jvc.net/jp/projects/palestine/data/20081230_lettermofa.pdf

http://www.ngo-jvc.net/jp/projects/palestine/data/20081230_letteria.pdf

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○パレスチナ関連の最新情報

http://www.ngo-jvc.net/jp/projects/palestine/200812gaza.html

○JVCはこれまで、ガザ地区の栄養失調児への支援や、医療サービスの届きに

くい地域での巡回診療などの活動を行っています。これまでの活動はこちら。

http://www.ngo-jvc.net/jp/projects/palestine/index.html

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<発行>

特定非営利活動法人 日本国際ボランティアセンター(JVC)

〒110-8605 東京都台東区東上野1-20-6 丸幸ビル6F

TEL 03-3834-2388 FAX 03-3835-0519

info@ngo-jvc.net

http://www.ngo-jvc.net

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2009.01.01

年越し

2008年12月31日

大みそか、年越しはふと思い立って、部屋の明かりを消して、30日の集会で

追悼に使ったロウソクの残りを灯してみた。

NHK-TVの「ゆく年、来る年」の中継を見ながら、明かりはロウソクでの

年越しになった。ガザでも、イラクでも停電の中、明かりはロウソクを灯して

いるのだろうと思いを馳せながら。

そして、彼の国の人々が、来年こそはロウソクを灯さないで済むようにと

祈りつつ...

2009年1月1日

バグダッドの友人から写真が届く。ひとつはバグダッドの中心のザウラ公園で

子ども連れの家族がくつろぐ様子。この写真を見ている限りは平和な風景が

戻ったと安堵する思いだが。あくまでもこの風景は現在の一断面に過ぎない。

これがずっと続いて欲しいものだ。

もうひとつの写真は12月30日撮影、バグダッド市内のパレスチナ人居住区で

あるバラディヤート地区で行われた集会の模様で、イラク在住のパレスチナ人

たちが、イスラエルのガザ空爆に対して抗議の声を上げている様子だ。

この写真を送ってくれた友人によると、抗議の集会はパレスチナ人だけでなく、

イラク人も各地で声を上げているのだという。


(写真の中央でスピーチをするのはあの靴投げ事件で有名になった記者、ザイーディ氏の兄弟)

攻撃の始まった27日の夜には早くもバグダッド市内のバラディヤート地区以外

でも、ヤルム-クやアダミーヤ(主にスンニ派の地区)などの地区でも集会が

開かれており、翌日の28日にはサドルシティ(主にシーア派の地区)でも集会が

開かれたのだという。

イラク各地での声は例えば以下の報道によっても伝えられている。(英語)

これによると、アラブ連盟をはじめとして他のアラブ諸国がイスラエルによる

ガザ攻撃を止めさせるためにもっと積極的かつ実質的な役割を果たすように

求める声が強いようだ。

(Iraqis Demand a Response to Attack in Gaza, New York Times)

http://baghdadbureau.blogs.nytimes.com/2008/12/29/iraqis-demand-a-response-to-attacks-in-gaza/

このような集会の中でもひとつ、28日のモースル市の集会が自爆犯の
攻撃に会い、1名死亡、16名負傷となったのはとても残念なことだ。

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