2009.01.05

ガザの窮状を救え!

パレスチナ、ガザ地区へのイスラエルの攻撃は第二段階に入り、

地上戦が進められていることが報道されている。

ガザ地区は南北の2つに分断され、一般市民の犠牲者も増え続けて

いると聞く。

とにかく攻撃を停止することがまず必要だ。

しかし国連安保理協議をはじめとして事態を政治的に解決する道は

遅々として進んでいない。

となれば、緊急人道支援でとにかく目の前の命を救うしかないの

だろうか。

ここではJVCの緊急支援への取り組みを紹介する。

□━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━□

         日本国際ボランティアセンター(JVC)

      パレスチナ・ガザ地区への緊急支援にご協力ください

          ●クレジットカード募金も受付中!●     

             http://www.ngo-jvc.net            

□━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━□

先月27日に始まったイスラエルによるパレスチナ・ガザ地区への攻撃は地上侵攻

へと拡大し、民間人の犠牲者はさらに増え続けています。

「診療所は負傷者であふれている。24時間体制で動いても対応しきれない」

「皆で毛布に包まって寒さをしのいでいたら、爆音がして家の窓が一斉に割れた

の」

攻撃を受け続けるガザの人々からJVCのもとに、苦しい状況を伝える声が届い

ています。

http://www.ngo-jvc.net/jp/projects/palestine/200812gaza.html#fromgaza

────────────────────────────────────

■救急セット等の緊急支援を開始

────────────────────────────────────

今回の緊急事態を受け、JVCはこれまで共に活動してきたガザの医療団体「パ

レスチナ医療救援協会(PMRS:Palestinian Medical Relief Society)」を

通した緊急医療支援を決定しました。

救急セットの配布や、現地ボランティアが止血や人口呼吸等の救急対応にあたれ

るためのトレーニングを支援します。

○主な内容:

    ・診療所への救急セットの配布

    ・ボランティアへの救急法トレーニング実施

          (止血や人口呼吸等)

      (既にトレーニングを受けた人たちの再講習も含む)

    ・救急法講習のための道具の購入

○支援額:10,000USドル(約100万円)

現在、パレスチナ・ヨルダン川西岸に駐在するJVCの日本人スタッフが、パレ

スチナ医療救援協会スタッフと協議しながら活動を進めています。

ガザの人々を支えるため、皆様のご協力をお願いいたします。

────────────────────────────────────

■募金にご協力ください

────────────────────────────────────

<クレジットカードで>

https://gt205.secure.ne.jp/~gt205119/form_creditbokin11.html

※募金先指定の項目で「パレスチナ」を選択してください。

<郵便振替で>

00190-9-27495 「JVC東京事務所」

※通信欄に「パレスチナ」とご記入ください。

────────────────────────────────────

■支援の背景

────────────────────────────────────

現在、ガザ中心部にある病院は重傷者であふれており、中等度や軽症のけが人に

十分に対応することができずにいます。また、病院まで負傷者を運ぶことが困難

なほどに混乱もしています。

ガザにあるパレスチナ医療救援協会の各診療所では、全ての医療チーム、そして

ボランティアたちが24時間体制で、次々と運ばれてくる攻撃の負傷者の治療にあ

たっています。また、全ての救急車と巡回診療車を稼動させ、混乱状態の中医療

機関までたどり着くことのできない負傷者の搬送にも追われています。

この緊急状態において、救急用具の配備と、止血や人口呼吸など救急対応をでき

る人々が地域にいることはとても重要です。

※パレスチナ医療救援協会代表によるガザ医療状況の報告(12月30日)

http://www.ngo-jvc.net/php/jvcphp_epdisp.php?ThreadName=p01&ArticleNo=332

パレスチナ医療救援協会はこれまでも地域の診療所をベースに医療活動を行って

おり、救急活動に携われるボランティアを数多く養成してきました。JVCは

1995年から彼らと共同で村の診療所や巡回診療の支援、2002年には第二次インティ

ファーダを受けての緊急医療支援、現在は東エルサレムで学校保健事業を行って

きており、その活動に信頼を置いています。

JVCはこの緊急支援が、ガザの人たち自身が互いに助け合って危機状況を乗り

越えていくための励みにもなれば、と考えています。今後、活動の状況について

適宜報告していきます。

────────────────────────────────────

■攻撃停止の要請書を提出

────────────────────────────────────

JVCをはじめこれまでパレスチナに関わってきたNGO等12団体は12月30日、

中曽根弘文外務大臣および駐日イスラエル大使に対し、攻撃停止の要請書を提出

しました。

http://www.ngo-jvc.net/jp/projects/palestine/data/20081230_lettermofa.pdf

http://www.ngo-jvc.net/jp/projects/palestine/data/20081230_letteria.pdf

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

○パレスチナ関連の最新情報

http://www.ngo-jvc.net/jp/projects/palestine/200812gaza.html

○JVCはこれまで、ガザ地区の栄養失調児への支援や、医療サービスの届きに

くい地域での巡回診療などの活動を行っています。これまでの活動はこちら。

http://www.ngo-jvc.net/jp/projects/palestine/index.html

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

<発行>

特定非営利活動法人 日本国際ボランティアセンター(JVC)

〒110-8605 東京都台東区東上野1-20-6 丸幸ビル6F

TEL 03-3834-2388 FAX 03-3835-0519

info@ngo-jvc.net

http://www.ngo-jvc.net

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2009.01.01

年越し

2008年12月31日

大みそか、年越しはふと思い立って、部屋の明かりを消して、30日の集会で

追悼に使ったロウソクの残りを灯してみた。

NHK-TVの「ゆく年、来る年」の中継を見ながら、明かりはロウソクでの

年越しになった。ガザでも、イラクでも停電の中、明かりはロウソクを灯して

いるのだろうと思いを馳せながら。

そして、彼の国の人々が、来年こそはロウソクを灯さないで済むようにと

祈りつつ...

2009年1月1日

バグダッドの友人から写真が届く。ひとつはバグダッドの中心のザウラ公園で

子ども連れの家族がくつろぐ様子。この写真を見ている限りは平和な風景が

戻ったと安堵する思いだが。あくまでもこの風景は現在の一断面に過ぎない。

これがずっと続いて欲しいものだ。

もうひとつの写真は12月30日撮影、バグダッド市内のパレスチナ人居住区で

あるバラディヤート地区で行われた集会の模様で、イラク在住のパレスチナ人

たちが、イスラエルのガザ空爆に対して抗議の声を上げている様子だ。

この写真を送ってくれた友人によると、抗議の集会はパレスチナ人だけでなく、

イラク人も各地で声を上げているのだという。

(写真の中央でスピーチをするのはあの靴投げ事件で有名になった記者、ザイーディ氏の兄弟)

攻撃の始まった27日の夜には早くもバグダッド市内のバラディヤート地区以外

でも、ヤルム-クやアダミーヤ(主にスンニ派の地区)などの地区でも集会が

開かれており、翌日の28日にはサドルシティ(主にシーア派の地区)でも集会が

開かれたのだという。

イラク各地での声は例えば以下の報道によっても伝えられている。(英語)

これによると、アラブ連盟をはじめとして他のアラブ諸国がイスラエルによる

ガザ攻撃を止めさせるためにもっと積極的かつ実質的な役割を果たすように

求める声が強いようだ。

(Iraqis Demand a Response to Attack in Gaza, New York Times)

http://baghdadbureau.blogs.nytimes.com/2008/12/29/iraqis-demand-a-response-to-attacks-in-gaza/

このような集会の中でもひとつ、28日のモースル市の集会が自爆犯の
攻撃に会い、1名死亡、16名負傷となったのはとても残念なことだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.12.31

12月30日 東京、イスラエル大使館前

イスラエルによるガザ空爆の事件を受けて、緊急にNGOの呼びかけにより

日本の外務省と在日本イスラエル大使館に対して請願の行動が行われた。

私はそのうち、30日午後4時からのイスラエル大使館前の行動に参加した。

既に年末になり、大使館業務が行われているかどうか気になっていたが、

やはり直接申し入れ書を手渡すことはかなわず、郵便箱に投函となったのは残念。

しかし300余名の人々が集まり、この問題に心を寄せていることがわかった。

圧倒的な暴力に対する怒りをより直接的に伝えるべきではないか、NGOのやり方

では生ぬるいとする声も一方であることはメールやメーリングリストを通して

聞いている。しかし今の日本社会の中で市民の共感を得て行う行動で、しかも

これだけ短期の間に立ち上げた行動としてはこれが精一杯ではないだろうか。

私としては、この集まりの中で日本人の知り合いはもちろん、在日外国人の

ムスリムの人々に出会えたことがとても嬉しかった。

ちなみにイラクで12月30日と言えば、2006年にサッダーム・フセインが
処刑された日に当たるが、バグダッドの知人曰く、今年はガザの
ニュースで持ちきりで全てが消し飛んだ様子だとのこと。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.12.28

12月27-28日(大阪―神戸)

12月27日夜、大阪

JIM-NETヨルダン駐在でおなじみの加藤さんの講演会があると言うので

駆け付けた。

(ついでに、ふだんご無沙汰している大阪の皆さんにもお目にかかりたい

という欲もありました。)

ヨルダンでイラク人のがん患者の子どもたちやその家族、イラク難民の

人々に日々接している加藤さんの、これらの人々に対する温かい眼差しが

感じられて、良い講演会でした。予定時間を超えての1時間半のしゃべりが

あっと言う間に感じられた。

しかし、最後にビデオで紹介された難民の男性の声で、「人道支援」という

団体は良く来るけれど、それであなたは私に何をしてくれるのか?という

声は重く響いた。

この講演会のほとぼりも冷めないところで、参加していた友人の携帯電話が

鳴った。相手はこの日は調子が悪く参加できなかった日本滞在中のイラク人の

知人。この知人を通してイスラエルのガザ空爆の第一報、その時点で既に

100人を超える死傷者が出ているとの話が伝えられた。

圧倒的な武力で人々が蹂躙されている時に、「人道支援」はどこまで力を発揮

できるのだろうか。

攻撃を加えている側も自衛の大義名分を振りかざし、最後の最後にわずかな

人道支援物資のルートは確保して、自分たちは人道的な危機を引き起こしては

いないと言う相手に対して。

12月28日昼、神戸

映画「リダクテッド‐真実の価値‐」を観る。東京での公開をすんでで見逃し、

何とか見たいと思っていたところで、神戸で公開されていると聞き、足を

延ばした。この映画はイラク駐留米軍の模様を描いたフィクションである。

フィクションであると断りつつ、しかし、ノンフィクションの装いを凝らして

いるあたりがなかなか巧妙な作品だ。しかし、私は見ていて気分が悪くなった。

真実は真実で伝えて欲しい。私はそう思う。

ちょうど数日前に某ジャーナリストの方と話をする機会があり、報道写真の

報道写真としての在り方と、芸術性は別物だとする議論をしたばかりでも

あった。

この映画は芸術作品としては素晴らしいのだろう(たぶん)、そして監督が

伝えたいメッセージはその方法を取ってでしか伝えられなかったのであろう。

しかし、作品を見た後味は私にとっては良くなかった。内容がショッキング

だということではない。伝えたいメッセージが相容れない訳でもない。

むしろイラク戦争の不条理は伝えてもらいたいメッセージだ。

しかし真実とされる出来事が、逆に芸術性によって虚構に見えてしまった。

それを見ていて居心地が悪いのだった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.12.16

靴投げ事件と帰国と

 12月7日のイベント日以来、犠牲祭の祝日が続き、ヨルダンでは

公休日となった7日~10日をはさみ、前後の金-土曜の通常の

週末も含めると実質的には5日から13日まで地元の人はほとんど

仕事が手につかない状態だった。

 相手が動いていないと仕事にならないが、自分も全部休んでいる訳

にはいかないので、そこそこに仕事の取りまとめを...などと悠長に

構えている間もなくあっという間にこの期間も過ぎて、ばたばたと

14日の夜にアンマンを発ち、日本へ帰国の途に着いた。

 どうも日本と現地を往復するその時に限って何やら事件が起きると

いうジンクスがあり、今回も気になっていたが、アンマン出発前から

その運命から逃れられないことになった。

 帰国直前の打ち合わせで訪れた某NGOの事務所からアンマンの自宅

アパートへの帰途のタクシーにて、運転手から、「どこから来たのか」

と聞かれた。これは良くあること。

「日本から」と答えると、運転手は「日本か、それは良かった。日本は

良い国だ。」と答える。それもいつものこと。しかしこの運転手は饒舌で、

さらにこう続けた。「日本は良い。それに比べてアメリカはひどい国だ。

ブッシュ大統領はイヌだ。」と言う。

 米国嫌いにしても、大統領がイヌとまで、初対面の乗客に良くそこまで

言うかと、印象的な発言だったが、家に帰ってテレビニュースを見たところ

で合点が行った。

[写真:靴投げ事件を報じるアル・アラビーヤTVの画面]

(帰国便に乗る直前、アンマン国際空港構内カフェにて12月14日深夜)

 バグダッドでの記者会見の席上でイラク人記者がブッシュ大統領に靴を

投げつけ、言ったことばが、「これが別れのキスだ。犬野郎!」、だった。

この記者に対しては、ジャーナリストの姿勢としてこの行動はいかがな

ものかとか、賓客に例を失するなどの批判があることも承知しつつ、しかし、

このような行動を取るに至ったジャーナリストである前にひとりのイラク人

としての心情は良くわかる。

 そして、この行動に同じアラブ人としてヨルダンのタクシー運転手も共感を

憶え、拍手を送っていたのだった。

 2度目に靴を投げたときに「(米軍のために)夫を失った女性、親を失った

子からの贈り物だ」と言ったとされるこの記者の思いも、イラクの人々は

もちろん、他のアラブ諸国の人々にも共感を呼ぶものだった。

 この記者の所属するTV局アル・バグダディーヤはどちらかと言えばスンニ派

寄りのTV局であると聞いていたが、靴を投げた記者がシーア派の記者という

ところも興味深かった。イラク人に共通する米国大統領嫌いの心情にスンニ派も

シーア派もないというところだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.12.07

JVC中東フォーラム

ブログを長らく放置状態にしており、ご無沙汰しております。
放置状態にしていた報いなのか、JVC中東フォーラムのご案内を載せようと
思ったところでこの数日間、こちら(ヨルダン)でのインターネットの回線接続が
悪く、投稿できない状態が続きました。

そんな訳で事前のご案内が掲載できませんでしたが、本日、以下の催しを
開催しました。

本番の最中も回線の状態が悪く、最後のまとめのご挨拶もできませんで、
会場にお越し下さった方々にも大変失礼致しました。

イラクの友人からのメッセージは、「私たちを忘れないで!」これに尽きます。
連絡を取るたびに、外の世界とつながっていること、忘れられていないという
思いが希望になると言われます。
そのようなイラクの人々の思いを大事にしたいですが、この「忘れない」という
ことについては日本の私たちも大きな責任を負っていると私は思います。
それは、私たちはイラクへの戦争を止めることができなかったこと、そして
未だに日本政府に戦争を支持したことへの反省を迫ることができていないこと
です。

加害者であったことを忘れると、また次の被害を引き起こす加害者になりかねない。
このことを肝に銘じる意味でも、私たちはイラクを忘れてはならないと思うのです。

2008年12月7日 
ヨルダン、アンマンにて
メッカへのハッジ(巡礼)の模様を伝えるTV画面を横目に見ながら...


□━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━□
      JVC中東フォーラム・シンポジウム 12月7日(日)

         「イラク戦争は何をもたらしたのか」         
          
           ~自衛隊の撤退を機に考える~
□━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━□

 日本政府は今年12月末までに航空自衛隊のイラクでの活動を終了することを表
明しました。国際貢献の名のもとに派遣された自衛隊は陸自、空自ともにイラク
でのすべての活動を終えることになります。

 「大量破壊兵器の保有」や「フセインとアルカイダとの協力」を理由に始まっ
た戦争とその後の混乱は、15万人以上のイラクの人々の命を奪い、暮らしそのも
のを破壊しつくしました。いったいこの戦争と混乱はイラクの人々に何をもたら
したのか、自衛隊はイラクでどのような「貢献」をしたのか、その検証がいま求
められています。

 イラクでの支援活動と日本の市民運動をつなぎ、イラクの「終らない戦争」に
向き合うシンポジウムを開催します。

第1部───
【報告】イラク戦争とその後の混乱は、イラクの人々に何をもたらしたのか
 ■原 文次郎(JVCイラク事業ヨルダン駐在員)+イラク人からのメッセージ
               ・・・ネット中継または電話
 ■吉岡 一 氏 朝日新聞 外報部 元中東アフリカ総局(カイロ)特派員
      『イラク崩壊―米軍占領下、15万人の命はなぜ奪われたのか』著者
 ■佐藤 真紀氏 日本イラク医療支援ネットワーク(JIM-NET)事務局長

第2部───
【報告】私たちは自衛隊イラク派兵にどう向き合ってきたか
 ■佐藤 博文氏 自衛隊イラク派兵差止訴訟全国弁護団連絡会事務局長、弁護士
 ■谷山 博史 日本国際ボランティアセンター(JVC) 代表理事

第3部───
【パネルディスカッション】イラクの人々と共に私たちは何ができるのか
 吉岡 一 氏、佐藤 博文氏、佐藤 真紀氏、谷山 博史

─────────────────────────────────
【日時】2008年12月7日(日) 13:30~16:30
【会場】明治大学 リバティタワー 1093教室
【住所】千代田区神田駿河台1-1(御茶ノ水駅から徒歩3分)
【地図】http://www.meiji.ac.jp/koho/campus_guide/suruga/access.html
【参加費】1000円(JVC会員、明大生・明大教職員は無料)
【主催】日本国際ボランティアセンター(JVC)
    現代史研究会
【協力】自衛隊イラク派兵差止訴訟全国弁護団連絡会
    日本イラク医療支援ネットワーク(JIM-NET)

【お申込み】日本国際ボランティアセンター(JVC)
TEL 03-3834-2388 info@ngo-jvc.net(担当:広瀬)
http://www.ngo-jvc.net 
※事前にお申し込みください。
─────────────────────────────────

●「JVC中東フォーラム」は、「対テロ戦争」と中東の問題を、JVCが活動
している現場を通して考える場です。様々な立場の方々を招いて、私たちにでき
ることを探ります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.09.29

ライラ・アルカドル(2008年)と帰国と

ラマダン月も最終の10日を迎えると最高潮。
今年は当初は営業許可を得ていた外国人向けにお酒を出す店も
後から改めてラマダン月の営業停止処分を受けて閉店するなど、
ラマダン月の風紀の取り締まりはヨルダンでは思いのほか厳しい。

ラマダン月27日のイブはライラ・アルカドルと言って聖典コーランが
遣わされた日ということでことのほか特別な晩になっている。
これまでにこのブログでも2回ほど触れている。

ライラ・アルカドル(最初の記述 2004年11月)
http://rep-eye.cocolog-nifty.com/iraq02/2004/11/index.html

ライラ・アルカドル(2005年10月)
http://rep-eye.cocolog-nifty.com/iraq02/2005/10/index.html

ヨルダン人の知人に言わせると、この日の晩は空が開けて、人々の
願いが通じる日なのだそうな。
私としてはパレスチナとイラクの平和を祈りたいところ。

今年のこの晩は、私はイラクから病気の治療に来ている家族を訪問し、
その後、ラマダン限定で開催中の観光客向けのスーク(市場)を訪れ
(営業時間は断食明け時刻後の18時半過ぎから翌朝1時まで!)
そのまた後にラマダンの飾りが目立つ旧市内の近くを徘徊することで
過ごした。その後は荷造りに忙しくて寝る暇なし...

という訳で28日の午後にヨルダンを発って日本への帰国の途へ。

この週から風が涼しく一段と季節の変化を感じるようになったアンマン
ですが、28日の朝にはこの季節初めての雨が降った。
朝からのTVニュースは前の晩にアメリカで開催された第一回の大統領
候補の公開討論会の模様がトップニュース。
その合間に流れてきたニュースは隣国シリアの首都ダマスカスからのもの。
自動車爆弾で死傷者が出ているという。
【後から聞いたところでは現場は市内から国際空港に向かうハイウエイ
の途中で、シーア派のサイダ・ザイナブモスクへ通じる道の起点にも
近いという。ダマスカス訪問時には私も良く通る道だ。】

帰国前の挨拶で知人のイラク人に電話をすると、彼はちょうどこれから
シリアに行くところだと言う。爆弾事件の話をすると、彼は爆弾よりも
交通事故に会うことの方が心配だと笑う。
彼流のジョークだが。イラク人にこれを言われると笑えない。

アンマン発で最初に乗ったドーハ行きの飛行機はなぜかイスラエルからの
観光客が沢山乗っていた。
午後5時過ぎに離陸した飛行機は約1時間後に日没の境界線を越える。
ここでコックピットの機長から断食明けの時間の宣言がされる。
いかにもラマダンらしい光景だった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.09.02

ラマダン月のはじまりに...

ヨルダンでは9月1日からラマダン入りしました。
8月31日の夜に発表があって翌朝から...という次第。

その9月1日にイラクではアンバール県の治安権限が米軍からイラク治安部隊に
移管されました。

報道を見る限りでは、

「6月末の移管予定が悪天候により延期されて2カ月遅れ、しかしいずれにしても
これでイラクの治安改善も一里塚を迎えた。治安改善は歓迎すべき動きだ。」

と言ったところでしょうか。

しかし、何事も額面通りに受け取ることができないのが実情です。
確かに悪天候(砂嵐)があったけれども、同じく悪天候を理由に式典を延期した
ディワニーヤでは、1週間以内の遅れでその後治安権限は移譲されました。
ではなぜそれがアンバール県ではできなかったのか?

地元の部族とスンニ派政党、そしていわゆる「覚醒委員会」が一枚岩ではなく、
移譲された治安権限をどこが受け持つかについて、内輪揉めが続いていた
からです。

今回、治安権限が移譲されたと言っても、内輪揉めが根本的に解消された
訳ではないし、今は米軍に賃金を支給されている「覚醒委員会」がいつまでも
米軍の賃金を当てにできるわけでもなし、さりとて全員が正規のイラク治安部隊
として雇用されるわけでもなし、という訳で今後の火種は残ったままです。


我が国の首相も突然の辞任を表明したようですが、こちらでアルジャジ―ラ
英語版を見ていても繰り返し「国民生活を第一に考えて...」という挨拶部分が
繰り返し放送されています。

政治家はこれだから... イラクにせよ日本にせよ、国民生活を本当に大事に
考えている政治家がいないからこの事態になっているのだと、情けない限り。

そんな9月1日ですが、かく言うワタクシも仕事先が変わることになりました。

詳しくは関係者宛てにお送りした下記の「離任のごあいさつ」を参照ください。
とにもかくにも改めてよろしくお願いします。


* 離任のごあいさつ *

私こと、本年5月中旬よりヨルダンにてJBIC(国際協力銀行)外部専門家
としてイラクの保健分野とその他の国際機関・NGO等人道支援アクターの
動向とイラク国内の治安情勢・社会情勢の情報取りまとめに従事して参り
ましたが、このたび8月末日を持ちましてこの仕事より離れさせて頂くこと
になりました。

今回の業務は短い期間ではありましたが、昨年8月~本年1月までの
第一期に続いての2度目のJBICの業務で、この間、皆様には大変
お世話になりました。
この場を借りまして改めて厚くお礼を申し上げます。

今後についてですが、引き続きヨルダンに滞在の上、イラク支援に
関わることになりました。

9月1日より古巣への部分復帰となりますが、NGOのJVC(日本国際
ボランティアセンター)からの業務委託により、本部のイラク担当を
現地側でサポートするリエゾンオフィサーの仕事をさせていただくこと
になりました。

同団体では、以前、2003年より2006年末までの間、バグダッド
滞在の1年間を含めて3年半イラク事業の現地担当の仕事をして
おりましたので、約1年半ぶりのNGOとしての業務になります。

これまでとはまた違った形になりますが、引き続きのご指導、ご鞭撻
を頂けますよう、よろしくお願い申し上げます。

2008年8月31日 

原 文次郎


| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008.08.09

88年8月8日は?

8月7日(木)

イラク議会は10月1日に予定していた地方議会選挙の
手続きを決める法案の審議で揉めた挙句、7日からの
イラク議会の夏季休会を前にしてのぎりぎりの交渉も
物別れに終わった。

論点の中心はキルクークの所属を巡りクルド民族と
アラブ民族、少数派のトルコメン民族の間の争いで、
キルクーク市議会の議席数の割り当てが問題となった。

国連が提示した最終妥協案ではキルクーク市を含む
タミーム県の選挙に関する取り扱いを別法案にして、
残る17県の議会選挙を先行させる案が提示され、
これをクルド側は支持したが、この案に対して
少数民族のトルコメンが、国連はクルド寄りだとして
妥協に応じず、交渉は物別れに終わった。

議論はイラク議会の夏休み明けの9月9日まで持ち越し
になったが、これで当初の10月1日の議会選実施は
不可能になった。

...と言うのが大方の報道だが、実際のところ、選挙法が
成立してから実際に選挙が実施できるまでには、手続き上
最低でも3か月以上の期間が必要なので、今回の審議繰越し
の結果、10月実施はおろか年内の実施も危なくなったという
のが本当のところである。

しかし、米国のブッシュ政権も、イラクの地方選挙の年内実施が
イラクの国民融和の進展の一里塚だと見ている立場のため、
大統領選挙の行われる前の今の時点で、年内の選挙実施が
ほぼ不可能になったことを明確に認めたくはないので、
イラク地方議会選の日取りについては言葉を濁している。


8月8日(金)

世間では北京オリンピックの開催式の報道が賑やかだが、
南オセチアを巡るグルジアとロシアの衝突が気になる。

さて、イラクにとっての8月8日はイラン・イラク戦争の戦勝記念日
ということになっている。
1988年8月8日に国連事務総長との取り決めによりイラン、イラク
両国の間で8月20日の停戦協議が発効したことが根拠になっている。

知人のイラク人の話によると、当時、8月に生まれた子供の家庭
には記念の品物が配られたのだという。

しかし、1990年8月8日はイラクがクウエート併合を宣言した日でも
ある。
恐らくはわざとイランとの戦争の戦勝記念日を選んで宣言したの
だろうが、その後歴史を考えると皮肉なことだ。


ちなみに1988年8月8日はビルマの8888民主化運動の日でもある。
歴史をひも解いてみると、離れた国の間で同時期に起きていた
出来事が不思議に見える。

日本にとっては8月6日と8月9日は忘れられないところ。
しかし、悲劇で記憶される日付はこれ以上欲しくない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008.05.25

困難な国づくり

5月25日(日曜日)

イスラーム国のヨルダンは木曜が週末で、金曜と土曜の二連休が普通。
なので、ふだんは日曜日から新しい週の仕事がはじまる。

しかしこの25日はヨルダンの独立記念日とかで祝日となり、3連休の長い
週末となった。

独立記念日の祝日らしさがどこかにありはしないかと思ったが、私の
身近なところでは普段の休日と変わりない一日が過ぎて行った。

ヨルダンのTV局は愛国心を強調するような映像を流し、国内の名所や
名物、国旗、そして国防の軍事訓練の模様を映して「我が祖国」といった
たぐいの歌を流していたが、しかしふだんでもそのような放送を見ることは
珍しいことではないので、特別にこの日のためのものかどうかわからない。

むしろこの日のトップニュースは隣国のレバノンの大統領選挙の模様だ。
アル・ジャじーラはアル・アラビーヤなどの汎アラブの衛星TV局はもちろん、
レバノンのヒズボラ系TV局のアル・マナール、シリアの衛星TV局、そして
イラク、クウェートなどなど各局の衛星TV局がこぞってレバノン議会での
投票と大統領の指名の模様を生中継していた。
(ちなみにこれだけの多チャンネルを自宅アパートのTV1台で見ることが
 できるのもありがたいことだ。後はアラビア語がちゃんとできるように
 私が勉強しなくてはいけない。と苦笑する。)

昨年以来、大統領職が空席で混乱状態に陥っていたレバノンでは、先週に
ドーハで行われた調停会議で合意に達する前には首都ベイルート市内での
市街戦という事態にまで達していた。

政治的妥協の産物にしても、このような形で合意ができ、大統領選出に
至ったことは、とりえあえず喜ばしいこととすべきだろう。

ベイルート南部のヒズボラ支持者が支配的な地域からのアルジャジーラ
(英語版)の中継によると、大統領の選出よりも、8年前の同日、2000年
5月25日のレバノン南部からのイスラエル軍撤退を記念するポスターや
看板の方が多かったという話があるのも、政治的背景の複雑さを示すもの
だろう。

レバノンにおいてもシーア派とスンニ派、そしてキリスト教徒の間の
国民的和解策が問題となっている。

振り返ってイラクはどうか。
イラクでも宗派的な分裂が取り沙汰されて久しいが、レバノンの場合でも
イラクの場合でも、思うのは別に信仰が悪さをしているのではないと言うことだ。
ここを取り違えてしまうと問題がわからなくなる。

宗派や民族の違いに名を借りた政治権力を巡る闘争がそこにあるのだと
見なくてはいけないだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«4か月ぶりのヨルダン行き(2)ドーハ~アンマン